蓬松養生院(旧・柳原はりきゅう院)

「森立之研究会」や「伝統医療游の会」など、伝統医学の古典考証や研究を綴ります。

Issue

当院の熨法について(26)、「熨」のイメージ-1

 前回までは、様々な検討課題が山積していても最優先にエネルギーを注ぐ焦点 = 今解くべき問題を「イシュー(Issue:本質的な論点)」として明確化する事の重要性に気付き、自覚させられて行った話でした。これは、経験的に何度も再確認させられた教訓です。
 先(マ)ず、イシューを特定すること。それは、依頼や課題の解決に取り組む前に「そもそもの根源的な問題」はどこなのか?沢山の課題の中から何を「今解くべき課題」とすべき?なのかという問題全体の突破点としての「最優先事項」を見定め、それに沿って集中すべき努力の中心軸をブレ無い様に設定する為には、前提として誰もが持っている「思考の癖」の自覚が必枢です。その「イシューの突破」が難関だからこそ、最優先にして関連する他の条件はその突破に貢献する様に臨機応変に適応させて行くべきなのです。
 「何を考えたいのか?」という思考の癖を、自・他が共に持つ事を認識し、安易な考え方に飛び付いて固執してしまう「偽のイシュー」の誘惑の罠に掛から無い為には、そもそもの真の目的「何を問題として考えるべきか?」という「イシューの特定」が的確な出発点になります。
 いつもとは違う「新しい領域」に挑戦するのですから、「その時点での最適解」を導き出してより正しい結論に辿り着く為には、思考に欠落した部分としての「抜け」や「漏れ」はもう無いのか?と自問自答し続けて、疑問点を見つけたら直ちに依頼主に確認して再整理し、結論をより深く考え詰めて行きます。背景の状況と前提条件を深掘りして思考の枠を広げて行き、主体的に意味のある課題設定をするのです。
 その様に、常に自らの考えと疑問を検証し、自らの常識さえ「本当にそうなのか?」と疑問を持って取り組む「批判的思考(Criticalthinking:クリティカル・シンキング)」が必要なのです。ですからイシューが解って居ない人と共に新しく物事を進める事は、兎に角ヤバくて危険な「トラブルの元凶」です。
 その無理解な人の例としては、頼まれても居ない事を勝手に優先し、釉薬(ユウヤク)の色合いの調合や、薄さと軽量化に精魂を尽くす等の、高度な技術(で得意だからやりたい事)では有ってもその段階では本末転倒な事を懸命に持ち出して焦点をズラし、「偽のイシュー」を設定する提案をしつこく繰り返して「こうした方が良いですよね!」「どちらの色がお好みですか?」等と「同意の言質(ゲンチ)」を集めてミスリードに励み、方向違いの瑣事に集中するトンチンカンな暴走を始めます。
 「黒」で充分!耐熱の為に「重くても頑丈に!」と希望しても、「それじゃ格好悪い、こうすべきです!そういう物なんですよ!!」と頭から決めてかかるので聞く耳が無く、噛み合わない話にイライラさせられて「それは今の段階では如何(ドウ)でも良い事です!」等と言ってしまうと、「じゃあ、これでも良いって事ですよね!」と説得の甲斐あってやっと賛同を得たと曲解し「矢張り私の言った通りだったでしょう!」と自らの見識を誇り、依頼よりも我執を偏屈に押し通します。
 その様に短絡的な決め付けに励むので、注意を逸らし続けた結果として必要な思考は放棄されます。本当に解決が必要で御願いされているイシュー自体には、心が一向に辿り着か無いままに「曲解の言質」を楯に都合良く言葉尻だけを捉えて「(当てずっぽうでズレていても気にせず)取り敢えずやって見た」結果として「イシュー無視の本質的失敗」をして終います。
 大事なイシューの「説明の深相」を聞き取ろうとせず、わざわざ重くて格好の悪い黒で厚手に制作しろだなんて「侮辱だ!」という誤謬で、「私の拘り続けた技術を評価し無いなんて!・・・困った無知だ!」と、頑(カタク)なに失敗のリスクを伴う「現段階の突破口」の認識を拒みます。「私の方が解って居るのだから私に従うべきだ」と思い込んで見下す「既知の価値観」の枠組みを守っているのです。何回も「それは今やるべき事とは違いますよ!」と説明を繰り返しても、うるさがって無視します。
 単なるあら探しの批判をしている訳では無く、突破口からズラされた「焦点の修正」の確認を取っているのです。嫌われても、しつこく確認をすると「そんなのは有り得ない!今まで聞いた事も無い!」と自らが無視した事に気付こうとしません。そして次は「何故(ナゼ)チャンと説明してくれなかった」等と責任転嫁を開始します。どうやら「不安になる様な事は考えたくもない(そんな事よりもやる気が上がる様に気持ち良く褒めて欲しい!)」と云う事の様です。
 そこまでして確認しても、直ぐに「前例が無い。有り得ない。今まで考えた事も無い!そんな理不尽な要求が在って良い筈が無い!!」と虫の良いパニックで思考を放棄し、感傷的に混乱を興して都合良く忘れたい事から忘れます。依頼の中心軸である優先事項を「(無知な素人が言う)瑣末な難癖を考えるのは後回し!」、「自分のやり方でやり切るしか無い!」等と勝手な自己満足の正当化を繰り返して「もう精一杯に悩んだ。熟考した!自分なりに精一杯やれば良いんだ!!」と「安易にズラした暴走」に戻り、「もう時間が無いから仕方無い」等とその場凌ぎの言い訳に終始して不安になる「修正」はまた忘却して行きます。
 真面(マトモ)に相手にし続けると、血圧が上がり健康を損ないます。延々の堂々巡りには何処かで「見切り」を付けるべきです。その様な「自己虫パニック症候群」の代表的な兆候を挙げます。イシューを把握すれば簡単な筈の事でも「そんなのは想定外!上手く行くか?・どうか?は判ら無いけど・・・」等と殊更(コトサラ)に「難題」だと強調して対価吊り上げの駆け引きをします。そして恩着せがましく「出来るか?・どうか?はやって見なければ判らないけど、頑張ってやって見てあげますね!」等と結果への責任回避も始めます。
 冗談では有りません!出来なくて当然の「無理では無い」し、「目的を達成」する為の依頼で在る事は、最初から申し上げているではないですか。その様な「偽の善意」と「擬態の努力」で誤魔化す欺瞞はせず、先ずは「出来ると信じ」てイシューに本気で取り組ま無いのでしたら、早々にご辞退下さい!
 普通と違う要求=「変な要求(=要求してはイケナイ我が儘?)」のレッテルさえ貼れば短絡的に「出来なくても責任は無い」とお考えなら、尚更(ナオサラ)に迷惑です。こちらも分からず屋の相手はウンザリだし、依頼の「実質の空洞化」を警戒し続ける事から解放されたいのです。虫が良い甘えた解釈で的外れに曲解し、「他者のチャレンジ」を「甘い汁を吸うチャンス」に歪曲し押し流す者など、信頼に値し無いのです。
 そもそも、御願いしているのは美術品では無いのです。道具としての実用性の向上を、こちらなりの「イシュー対策のアイデア」とその理由の説明を明示して御願いしているのです。道具としての実用性が向上して居無い物など当方には無用なのです。実用性を極めた結果としての機能美なら「オマケ!」で有っても良いのですが・・・。
 しかし、そもそもの依頼の根本である実用的な機能向上を犠牲にしての見栄えの変化や芸術的な美意識の付与などには、対価の支払いを断られて当然です。「これまでの努力」が報われて、やっと「美味しい仕事」が回って来た訳では無いし、そんな甘い事を頼んではいないのです。そんな「これまで」など興味は無いし、結果に結び付け無いので在れば当方には関心も無い!愚かな自慢など聞きたくも無い!そんな「過去の延長」では無い!のです。
 「これまで」とは違う「難関を突破した未来」の為に一緒に「新たな挑戦」をして欲しいのです。依頼の本質を踏まえた本当の挑戦を真に考え始めたのなら、今まで通りにやれば上手く行く既知の領域では無い事位は直ぐに判る筈です。やった事も無い未知の領域なのですから、真に挑戦すれば失敗作も出るのは当然です。だからそれなりに高価な前提で「20個も頼む」のです。「19がダメでも、一つが良ければOK」なのです。
 各個それぞれに何らのアイデアなり工夫を加えた跡も無く、20全部を同形で無挑戦の駄作にして恥じない等は全くの論外!本当の挑戦が為され実用品としての機能向上が果たされれば、結果的には形やアイデアさえも依頼通りでは無くとも良いのです。だから「不格好(ブカッコウ)でもOK」で、「自由な発想でアレンジしてもOK」だと言うのです。この「自由な発想」は特に恣意的に履き違えないで下さい。イシューを踏まえた上で無ければ、話に為りません。
 以上のヤバイ人の例説は、判り易く極端化のデホルメをしました。しかし、程度の差は有っても前述の様に「いつもと違う事を考えるのが苦手な無思考な人」は、残念ながら世の中では驚く程に圧倒的多数派です。自発的に思考し無いだけではなく、こちらが考えて依頼した「与えられたアイディア」でも挑戦から逃避するので、クリア出来る人は稀なのです。
 山中英嗣『クリティカルシンキングの教科書』(PHP研究所)によれば、人間は普段のほとんどは無意識に過去の行動を繰り返す「洞察力不足無意識行動症候群」に陥っています。クリティカル・シンキング(Criticalthinking)とはあらゆる物事の問題を特定して適切に分析することによって最適解にたどり着くための思考方法です。
 単に技術を持っているだけの人では、既にやった事の有る定型化したルーチンワークしか頼めません。それ以上のレベルの事は、普段から思考を深めて自発的にその能力を鍛えて来た方でないと出来ないのです。新しい物事への「挑戦には不適格?」なのかも知れない思考能力への不安が有る内は、「合格レベルの試作品が出来るまでは対価の支払いは無し」の厳格なルールを前もって徹底すべきです。
 ですから「ベテランだから、きっと上手く行きますよ!」と紹介された方々の方が、反って油断は出来ない事も多いのです。既知の領域の「見せ掛けの常識」に惑わされず、「未知の問題の本質」を多面的に捉えて課題を再定義し、イシューの真偽を見抜く努力を継続する「クリティカルな思考能力」は経験値だけでは推し量れ無いのです。ウッカリと信用して、思考の焦点と深度のチェックを怠ると後にトラブルに巻き込まれます。
 見せ掛けの「偽(ニセ)の挑戦への対価」を要求されるトラブル回避の防衛策としては、前もって「依頼内容を証明」する為に(最低限FAXでも)必ず書面化し、「取引の前提」を明示して了承の返答を得てから、互いに合意した「証明書類」と位置付けておくべきです。また、その契約書類の依頼内容から「イシューの特定」がスムーズに出来ない人や状況には、創造的な物事には関わらせてはイケナイ!のです。これが「見切りのコツ」だと思います。
 また更には、イシュー理解の責任を放棄した結果物としての「偽物」の押し売りに対価を支払う等は、以(モッ)ての外(ホカ)!です。この手の方々は、散々に時間を奪いとエネルギーを浪費させて、これからも頑張って行こうとするモチベーションまで大幅に低下させた「自らの加害」には目を瞑って「言われた通り(?)」に仕上げたのに・・・!等と被害者面をします。上手く駆け引きして居る積もりかも知れませんが、それは所謂(イワユ)る「商売上手」と言う様な、時と場合に因っては褒められる事も有る取引上のテクニックとは全然違います。
 そもそも、依頼のイシュー自体を無視したのでは取引は成立せず代金の支払いも発生しません。その当然の「因果律」を弁えて頂く為には、「嫌われる勇気」は必枢です。無思考で短絡的な「決め付け」と一方的に甘えを「押し付け」る強甘行為にはペナルティを課さないと無責任が増長します!「目先の金さえ取れれば後の事は如何(ドウ)でも良い」等と考えるモンスター化を助長してしまいます!!
 ですから、例え「仕事が減って暇で困っている」と聞かされたので、「ならばこの様な御協力を御願い出来ますか?」と始まった関係で、初めは自主的に「こんなアイデアはどうですか?」とドンドンとチャレンジして下さったとします。その様に上手く行った過去の実績が有ったとしても、「今は」忙しくて電話に出られないと言われたら、本人から直接に御連絡を頂けるまで待つべきです。増してやイシュー意識の無い周囲の方には、決して御家族であっても介入させては為りません。
 一旦は「協力する」と言って頂けたとしても「今は」時間が無いと言われたら、相手側の刻々と変化する状況と心に即応すべきです。共に「進化する志」に目覚めた事が有ったとしても、一時的な物に過ぎ無かったのです。暇で無くなったのなら、その場しのぎでは無い「長期的な視野の努力」は後回しで、もう自己を変え続けるのは嫌に為ったのです。それは別に不思議では無く、実は当たり前に有り得る事!なのです。
 多くの方々は、現状への不満を述べても、未来を変える努力は殆ど実行しないのです。一時では有っても希望を共有できた過去の方が、「希有な幸運!」だったのです。ですから、長期の時間意識を保持でき無く為った方には、もう「未来」を託す訳には参りません。
 私は、以前に例説した陶芸家様とは別の方々とも、様々に関わった事があります。そうして解ったのは、共に「未来に賭ける苦闘」をお願いをする当方の立場に付け込んで見下し、示威行為を始める様なこの手のヤバサを感じたら、その状況からは速やかに避難すべきです。依頼を撤回して関係を断つか、少なくとも被害を受けない様に距離を離すべきです。それが簡単に出来ないのだとしたら、こちらに過剰な依存心が在って、それも相手に対する弱味に為っているのだと思います。
 長く為ってしまいましたが、心の底に残って居るかも知れない「過去の自分」への訓戒はこの位にして置きます。では話の筋を元に戻します。
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 今回は「伝統医療 游の会」の前身「東洋医学協働機構(TOMcom:トムコン)」の長野での初回合宿の終了時の写真をFacebook「山口秀敏」2014年11月30日 の投稿から再掲して置きます。
 さて、2016年の《学・術・道》研鑽合宿での発表を決意し、「この温熱療法の呼称」を決める必然性に迫られた事は以前に書きました(「熨法」とは?-8参照)。
 また、それ以前には、「ネパール棒灸」体験の第一印象を「とにかく気持ちが良くて、身体の強ばりがまるで温泉の様な温かさと共に緩(ユル)んで行って、抑圧(ヨクアツ)されていた疲労感がドッと出て来た様に感じてヘロヘロの脱力状態に成ってしまい、その時は普通に歩く事やただ立って居る事も辛く感じる程でした。」と書きました(灸熨法-1参照)。その時の受療後には、眠気が出てひたすら早く就寝したくなりました。そして睡眠は「グッタリ」という感じに深く眠って、翌朝はスッキリとして疲労感からは大分解放されました。
 この「身体の強(コワ)ばりが緩んで、良く眠れる」事は、当院で受療された患者様が良く仰(オッシャ)る事ですので、この温熱療法の第一の特徴として挙げて良いと思われます。
 その故(ユエ)に、先ずこの「気持ちの良い温かさと共に緩める」意味を含んで使われて居る字は無いのか?と思いました。そして、その様な視点から伝統医学の古典を見直してみる事にしたのです。(「熨」のイメージ-2へ続く)

当院の熨法について(19)、「熨法」とは?-11

 前回は、燃焼部と予熱部を一体化した金属部品に換え、把手の役割を持つ台座部には素焼きの陶器部品を自作する様になったら、台座部が「スグひび割れてしまう」新たな問題が起こった話しでした。
 把手の台座部が「直ぐにひび割れてしまう」事も、それなりに大問題です。ですが、だからといってその問題の起こらなかった前の段階に逆行し、全体を陶器製に戻す訳には行かない事はハッキリしています。それまでは、とても困難だった「安定した高火力を得る」イシュー(本質的な課題)への対応策として、予熱効率を上げる為めに「燃焼部と予熱部を一体化した金属部品に換える」解決法までやっと辿り着いたのですから、前段階に戻るのは「最適解」を犠牲にする本末転倒な事です。
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 今回はFacebook「柳原はりきゅう院」 2018年 2月3日の写真を再掲します。記事は「スチール缶を加工し、台座に被せて三点でネジ止めしてみた。今のところ快調だが、燃焼面が広いので燃料消費は激しい。取り敢えず、大量に出る煙を何とかしないと…( 一一)」となっております。
 燃焼部の金属部品を厚味のある頑丈な物から、薄手のブリキ缶にして、ネジ止め部分を一点から三点に増やしたら、台座部の「ひび割れ問題」は、何とかがクリアできた様です。台座の外側に被せた「スチール缶」は、薄く弾力に富んでいるので、温度が激変する金属部の膨張・収縮を外側へのたわみの大小として吸収してくれます。その弾力が熱膨張の圧力を吸収し、ひび割れの一因ともなるネジ止め部分への圧力負荷が減ったのです。
 しかし、缶で作成した筒状部分の太さは、とても大口径になりましたので、燃焼の様相が一変してしまいました。
(「熨法」とは?-12へ続く)                   

当院の熨法について(18)、「熨法」とは?-10

 話の筋はチョット脱線するのですが、学術論文の場合は短期間で集中的に執筆する事が多いのですが、近頃連載を始めたこのブログ活動では、コツコツと長期に渡って書くので、未消化だった過去の経験が心の中で整理されて精神衛生に良いと思いました。それともう一つ、「イシュー(Issue:本質的な論点の課題)」というビジネス用語を使うと、創造的な思考が整理され易くなる様ですので、これからも積極的に使用して自らの思考力を鍛えて見たいと思っております。
 さて、前回は、2016年の合宿の直前には、小さな金具を付けるに留まらず「燃焼部の全体を金属に換える事」を試みていた話しでした。前回の写真の燃焼部を取り付ける台座を見れば判ると思いますが、この頃には素焼きの陶器部品を自作する様になって居ました。自作部品は素人陶芸の不格好な物なので、とても未だ人前には出せない!という思いで、合宿では使用しませんでした。
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 今回はFacebook「柳原はりきゅう院」2017年11月2日 の写真を再掲します。記事は「全体的に大きく頑丈にしてみたが、一週間しか持たなかった。(T-T)」となっております。
 前回の物と同様に、燃焼部を頑丈な金属製にして把手の役割を持つ台座部には脆い素焼きの陶器を使った為に、台座部が直ぐにひび割れてしまう新たな問題が起こったのです。
 燃焼部を取り付ける台座の部分は、把手として手が焼けない様にする為に断熱効果の高い「耐火粘土」を素材としています。しかし、「燃料の予熱」には、金属の方が燃焼部からの熱を能く伝導して着火直前の燃料を予め熱する役割には合って居ます。ですから、燃焼部と予熱部を一体の金属にして把手の台座部を別の素材にした方が合理的です。耐火粘土は「土鍋」にもつかわれる様に断熱性に優れていますから、「予熱」には不向きな素材です。「ひび割れ問題」は、それに比べればイシューとしての重要性が低いので、「別の素材を組み合わせる合理性」を犠牲にせず、優先的に保ったままで新たな解決策を探るべきです。
 ここで思考を整理して置きます。最優先に努力を注ぐべき焦点の問題、ここでは「安定した高火力を得る事」をイシュー(本質的な論点の課題)に特定し、その解決法の一つとして「予熱効率を上げる」事が見いだされたのです。タマタマ真似して見てヒントと為った「金具」の元である「ヒーターアタッチメント」の役割をチャンと理解していれば、もっと早くこの場合の「最適解」に辿り着けた筈なのが悔やまれる点です。新たな問題の解決策はこの「最適解」を犠牲にしない方法で探すべきなのです。
(「熨法」とは?-11へ続く)

プロフィール
山口秀敏

関東鍼灸専門学校卒

東京医療専門学校
 鍼灸教員養成科卒

信州医療福祉専門学校付属
光和はりきゅう院 元院長

2000年に岡田研吉氏、岩井祐泉氏と森立之研究会を発足し、現在は事務局長兼講師。

「伝統医療 游の会」を会長・松田博公先生、副会長(2人)・杉山勲先生・足立繁久先生達と立ち上げ、事務局長兼講師。



店舗紹介
長野市若穂綿内  
8568-8
イナダハイツ1号室
(個別指導塾まつがく若穂教室様と同じ建物です)


予約優先制です

予約受付 09:00~11:00,14:00~18:00.

休院日  日曜日
     
     研究会などの為
     不定期で休院の
     場合あります
     電話確認願います

   ☎026-400-1396

施術料 税込1時間
大人3,900、高校生3,000、
中学生2,000、小学生1,000、
幼児800円