蓬松養生院(旧・柳原はりきゅう院)

「森立之研究会」や「伝統医療游の会」など、伝統医学の古典考証や研究を綴ります。

医理ノート

伝統医学の「虚実」(09)、「虚実」の原点-2

 前回(「虚実」の原点-1)では、医学に「虚実」概念を導入した原典の一つとしての『孫子』を挙げました。今回は、他の関連性の深い原典を挙げて見ます(➁③)。


➁「桓寛の『塩論論』は扁鵲のイメージを集約的に表現している。戦国の思想家たちにみられた医術と政治術の類比が登場する。~そこに『老子』第七十七章の「 余り有るは損し、不足するは補う。」が引用されている。『老子』のこの考え方は、気の理論とともに医学に採り入れられて中国医学の根本原則となった。」                 (山田慶兒『夜鳴く鳥』202~204頁より抜粋)

③『老子』第七十七章
「天之道其猶張弓與。髙者抑之、下者擧之。有餘者損之、不足者補之。天之道損有餘、而補不足。人之道則不然、損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下。唯有道者。是以聖人、爲而不恃、功成而不處、其不欲見賢。」
 訓読:天ノ道ハソレ猶ヺ弓ヺ張ルガゴトキカ。高キ者ハコレヲ抑エ、下キ者ハコレヲ挙グ。有余スル者ハコレヲ損シ、不足スル者ハコレヲ補ウ。天ノ道ハ有余ヺ損ジ、而シテ不足ヺ補ウ。人ノ道ハ則チ然ラズ、不足ヺ損ジテ以ッテ有余ニ奉ズ。孰レカ能ク有余ヺ以ッテ天下ニ奉ゼン。唯ダ有道者ノミ。是ヺ以ッテ聖人ハ、為シテ恃マズ、功成リテ処ラズ、ソレ賢ヺ見ワスヺ欲セズ。
 意釈:天の道は、弓に弦を張るときの様だ。上の部分は引き下げ、下の部分は引き上げる。弦が長すぎれば短くし、短すぎればつぎ足す。天の道は有余の所を減らし、不足の所を補う。しかし人の世の道はそれに反して、不足している人を損なって余り有る人に奉る。余り有れば天下の人々に分け与える者は誰であろうか。ただ有道者のみだ。その様にして聖人は、成し遂げてもそれに頼らず、功績にしがみつかず、自分の賢さを人に誇る事も無い。

(以下、「虚実」の原点-3に続く。)

伝統医学の「虚実」(08)、「虚実」の原点-1

 『「形」と「気」-2』では、三部九候論の「形・気・脈」を比較対照する診法について見て置いたのですが、通評虚実論もこれと似た理論構造を持っています。三部九候論を見て、より理解し易く為ったと思うので、また「虚実」の解説へと話の筋を戻します。

虚実篇


蔵書印

➀「虚実は、元々は兵法の概念で、後に医学に転用された。『孫子』の兵勢篇は「兵ノ加ハル所、鐸(タン:重く堅い石)ヺ以テ卵ニ投ズルガ如キハ虚実是ナリ」といい、虚実篇では「兵ノ形ハ実ヺ避ケテ虚ヺ撃ツ」という。これらは常識で判る概念として「虚実」を用い特別な概念規定はしていない。『素問』より少し前と推測される倉公の医学では、まだ「虚実」概念は確立していない。『史記』倉公伝の手記の部分には虚実という言葉は使用されていない。実に対応するのは「過」である様に思われる。一方「淫」の字には過甚の意味があるという。そして、『素問』では淫気という言葉を邪気の意味で使っている篇がある。 「過」と「淫」と「邪」がつながると、倉公伝の「過」は「邪」のことであるとも読める。『孫子』の影響を強く受けた「九鍼十二原」篇では「虚実」という言葉は三通りに使われている。第一は患者の状態で「虛すれば則ち之を実す」の虛(狭義)の様に使う。第二は現在の「補泻」の意味で「虛すれば則ち之を実す」の実とか、「邪勝てば則ち之を虛す」の虛の様に使う。もちろろん別に「補泻」ということばも使っている。第三は補泻の結果を示し、「徐にして疾ならば則ち実す」の実の様に使う。「九鍼十二原」篇での「虚実」はこの様に広義で、まだ広く自由に使われ、現在の様な狭義の使用方に限定されてはいない。また「九鍼十二原」篇では虚と実のどちらであるかだけを判定するのではなく、四つの状態のいずれであるかを考えようとする。すなわち「虛すれば則ち之を実し、満なれば則ち之を泄し、宛陳すれば則ち之を除き、邪勝てば則ち之を虛す」。それが狭義の「虚実」概念が確立すると「満」、「宛陳」、「邪」は全て「実」で表現される。」
                          (『素問医学の世界』145~146頁)

(以下、「虚実」の原点-2に続く。)

伝統医学の「虚実」(06)、「形」と「気」-3


「四経」KIMG2003


➃馬王堆帛書『経法』 論篇
「物各[合其道者]、謂之理。理之所在胃之道。物有不合于道者、胃之失理。 失理之所在、胃之逆。逆順各自命也、則存亡興壊可知。」

訓読:物ガ各ノ道ニ合ウ者ハ、之ヲ理ト謂ウ。理ガ在ル所之ヲ道トイウ。物ガ道ニ合ワザルコト有リ、之ヺ失理トイウ。失理ノ在ル所、之ヲ逆トイウ。逆順各ノ自ラ命ルヤ、則チ存亡興壊ヲ知ル可シ。
意釈:物事がそれぞれに道にかなっているのは「理」と言い、理の有る所を「道」と言う。物事が道にかなわないのは「理を失う」と言い、「理を失」ってしまった事を「逆」と言う。「逆・順」のそれぞれが自ずと現れたなら、「存・亡、興・壊」を察知できる。

逆

 馬王堆黄帝経『経法』では、「天道」思想の天人相関の「道」に適う事が「順」、適わぬ失理が「逆」で、 「逆・順」は背理・合理の道の顕現です
 故に、「逆順」は「死生」の兆候として顕現する。
?逆順とは

(以下、「形」と「気」-4に続く。)

伝統医学の「虚実」(05)、「形」と「気」-2

 前回(「形」と「気」-1)は、『素問』三部九候論の「形の肥痩」を挙げました。今回は、何の為にそれを診るのか?について補足します(③)。

③『素問』三部九候論「帝曰、決死生奈何。岐伯曰、形盛脈細、少気不足以息者危。形痩脈大、胸中多気者死。形気相得者生。参伍不調者病。三部九候皆相失者死。」
 訓読:帝曰ク、死生ヺ決スルハ奈何ン。岐伯曰ク、形盛ン脈細ク、少気シ以ッテ息スルニ不足スル者ハ危シ。形痩セ脈大、胸中気多キ者ハ死ス。形気相イ得ル者ハ生キル。参伍シ調ハザル者ハ病ム。三部九候ヺ皆ナ相イ失ナウ者ハ死ス。
 意釈:帝が言われた。予後の死生判断は、どの様にするのか?と。岐伯が御答えした。身体は盛んであるのに脈は細く、気(呼吸力)が浅く吸息も少なくて満足にできない者は、危険です。身体は痩せているのに脉は大きく、胸中に息が詰まって呼気が満足に出せない者は、死すのです。身体と気が相応で素直な反応をしている場合は生きますが、参伍しても調和せず相反して矛盾する場合は、病む(慢性化する)のです。さらに全身に散在して脈打つ三部九候の診断場所のツボの様子が、バラバラで調っていない者は、死すのです。

とは?形気


3部9候の逆順

 以前に私は、「形・気」概念は中国文化ではとても古くから在る重要な思考法で、物事を「判りやすい有形の物質」と「判りにくい無形のエネルギー」の両面から考えようとする方法であるが、どちらかと言えば、無形で目に見え無い「気」の方を重視する傾向が在り、後に「陰陽」論に統合吸収されて受け継がれて行った!、との趣旨の講義を受けた事があり、深く納得させられました(2017年4月15日Facebook山口秀敏に「4/15(土)森立之研究会。先月に続けてご講義下さった遠藤次郎先生の「形・気」論は「陰陽」観の根源に迫る興味深いお話しでした。」との記録が残って居りました)。

(以下、「形」と「気」-3に続く。)

伝統医学の「虚実」(04)、「形」と「気」-1

 前回(虚実の常識?-3)では、『素問』三部九候論の「形の肥痩」を挙げましたので、今回はそれについて補足します(➀➁)。

➀『素問』三部九候論「必先度其形之肥痩、以調其気之虚実。実則写之、虚則補之。必先去其血脈、而後調之。無問其病、以平為期。」
 訓読:必ズ先ズ其ノ形ノ肥痩ヺ度リ、以ッテ其ノ気ノ虚実ヺ調エル。実スレバ則チ之ヺ写シ、虚スレバ則チ之ヺ補ウ。必ズ先ズ去其ノ血脈ヺ去リ、而ル後ニ之ヺ調エル。其ノ病ヺ問ウコト無く、平ヺ以ッテ期ト為ス。
 意釈:必ず先に、発病の前後での身体の肥痩の変化を測って、その気の虚実を調えるのです。まだ肥えていて体力も充実していれば邪気を排除する泻法を施せますが、痩せて虚弱な状態なら体力を付けさせる補法で精気を補強するのです。しかし、その補泻の前に必ず(鬱滞・怒張した)血脈があれば刺絡によって鬱血を取り去り、血行不良を改善した後に虚実を調えるのです。何の病気であっても、先に血行の平常化を期すのです。

疎通優先

➁『霊枢』衛氣失常「何以度之(『甲乙』作「知」)其肥痩。~人有肥、有膏、有肉。~膕肉堅、皮滿者肥。膕肉不堅、皮緩者膏。皮肉相不離者肉。」
 訓読:何ヺ以ッテ度リ、其ノ肥痩ヺ知ラン。~人ニ肥有リ、膏有リ、肉有リ。~膕肉堅ク、皮滿ツル者ハ肥ナリ。膕肉堅カラズ、皮緩ルム者ハ膏ナリ。皮肉相イ離レザル者ハ肉ナリ。
 意釈:どの様に計測したら、体格の肥と痩を区別できますか?人の肥満には、膏(脂肪質)と肉(筋肉質)の場合が有ります。~上腕や脹ら脛の盛り上がった肉(膕肉)が堅く皮膚も張っているのが肥です。盛り上がった肉(膕肉)に堅さが無くて皮膚も緩んで張りが無いのは膏です。皮と肉が良くくっついているのが肉です。

 引用➀で注意して欲しい点は、「補泻」の実行には条件が在り、先ず循環不良が改善・平常化されている事が前提です。この「循環不良の改善」、つまり通りを良くする事を「疎通」法と言いますが、補泻法と疎通法では「疎通優先」です。
 また、体力の充実度を測る解り易い目安である「形の肥・痩」の「肥」とは、敢えて俗語にすれば所謂る「タプタプのデブ」の事では有りません。筋肉質で堅い肉が盛り上がった「モリモリのマッチョ」と言った方が正しいでしょう。
 判り易い「形(体格)」だけでは無く、面倒でも注意して診ないと判り難い「気(体力)」の反応とも比較検討して、その矛盾の度合いで予後の善し(順証)・悪し(逆証)も見分けなさい!と言っている文章から、片言隻句を曲解し「痩せている=虚証だから補法だ!」では、東洞が「酷い間違いだ!」と嘆くのは当然ですね!
 考証学では、この手の「短絡的な誤訳」を「望文生義(ボウブンセイギ:文を望みて義を生ずる)」と呼称します。吉益東洞は、『傷寒論』だけでは無く『内経』もチャンと読んでいた筈です。

(以下、「形」と「気」-2に続く。)

プロフィール
山口秀敏

関東鍼灸専門学校卒

東京医療専門学校
 鍼灸教員養成科卒

信州医療福祉専門学校付属
光和はりきゅう院 元院長

2000年に岡田研吉氏、岩井祐泉氏と森立之研究会を発足し、現在は事務局長兼講師。

「伝統医療 游の会」を会長・松田博公先生、副会長(2人)・杉山勲先生・足立繁久先生達と立ち上げ、事務局長兼講師。



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