蓬松養生院(旧・柳原はりきゅう院)

「森立之研究会」や「伝統医療游の会」など、伝統医学の古典考証や研究を綴ります。

医理ノート

伝統医学の「虚実」(13)、「滞り」と疎通-3。

 小口様、「滞りと疎通-2」への再コメントありがとうございます。『孫子』軍爭篇の「正正堂堂」は虛実の「実(兵力の充実した敵陣)」なので、正面衝突すると負け戦に直結する状況です。だから「変化を治める術」としては、その状況下での「実力勝負は避けるべき」なのです。
 良い事に気付いて下さったと思います。これはキーワード解説として意外に良い要点の解説に繋がりそうですので、前の文脈も含めて、軍爭篇をもう少し詳述して見ます(➃)。

➃『孫子』軍爭篇「難知如陰、動如雷震、掠郷分衆、廓地分利、懸權而動。先知迂直之計者勝。此軍爭之法也。 軍政曰、言不相聞、故爲金鼓。視不相見、故爲旌旗。夫金鼓旌旗者、所以一人之耳目也。人既專一、則勇者不得獨進、怯者不得獨退。此用衆之法也。故夜戰多火鼓、晝戰多旌旗、所以變人之耳目也。故三軍可奪氣、將軍可奪心。是故朝氣鋭、晝氣惰、暮氣歸。故善用兵者、避其鋭氣、擊其惰歸。此治氣者也。以治待亂、以靜待譁。此治心者也。以近待遠、以佚待勞、以飽待饑、此治力者也。無邀正正之旗、勿擊堂堂之陳。此治變者也。」
 訓読:知リ難キコト陰ノ如ク、動クコト雷震ノ如ク、郷ヺ掠(カス)メテ衆ヺ分カチ、地ヺ廓(ヒロ)メテ利ヺ分カチ、権ヺ懸ケテ動ク。先ズ迂直ノ計ヺ知ル者ハ勝ツ。此レ軍争ノ法ナリ。軍政ニ曰ワク、言ウトモ相イ聞コエズ、故ニ金鼓ヺ為クル。視メストモ相イ見エズ、故ニ旌旗ヺ為クル。視メストモ相イ見エズ、故ニ旌旗ヺ為クル、ト。夫レ金鼓・旌旗ハ、人ノ耳目ヺ一ニスル所以ンナリ。人既ニ専一ナレバ、則ワチ勇者モ独リ進ムコトヺ得ズ、怯者モ独リ退ゾクコトヺ得ズ。此レ衆ヺ用ウルノ法ナリ。故ニ夜戦ニ火鼓多ク、昼戦ニ旌旗多キハ、人ノ耳目ヺ変ウル所以ンナリ。故ニ三軍ニハ気ヺ奪バウ可ク、将軍ニハ心ヺ奪バウ可シ。是ノ故ニ朝ノ気ハ鋭、昼ノ気ハ惰、暮ノ気ハ帰、 故ニ善ク兵ヺ用ウル者ハ、其ノ鋭気ヺ避ケテ、其ノ惰帰ヺ撃ツ。此レ気ヺ治ムル者ナリ。治ヺ以ッテ乱ヺ待チ、静ヺ以ッテ譁カヲ待ツ。此レ心ヺ治ムル者ナリ。近キヺ以ッテ遠キヲ待チ、佚ヺ以ッテ労ヺ待チ、飽ヺ以ッテ饑ヺ待ツ。此レ力ヺ治ムル者ナリ。正正(セイセイ)ノ旗ヺ邀(ムカ)ウル無カレ、堂堂(ドウドウ)ノ陣ヺ撃ツ勿カレ。此レ変ヺ治メル者ナリ。
 意釈:認知の困難さは陰の様に目立たず潜伏し、決起すれば雷の様に素早く動き、敵国の村里の収奪には兵士を分散させ、土地を奪い占領地を広げたら、利益を兵達で分ける。権(秤の重り)を懸ける様に物事の軽重を正確に計測して行動する。まず迂直の計(遠回りと近道を使い分ける計略法)を知る者が勝つ。これが軍争の原則です。兵法書の軍政にはこう記述されています。口で命令しても遠くまで聞こえないから、 鐘や太鼓で伝達する。手で指揮しても遠くまで見えないから、旗(ハタ)や幟(ノボリ)を使用する、と。金鼓・旌旗は人の耳目を統一するためのものです。兵士の心が統一されていれば 勇猛な者であっても、自分だけ先駆けできない。臆病者であっても、自分だけ退くこともできない。これが大部隊を動かす方法です。だから夜の戦いはかがり火と太鼓を多く用いて、昼の戦いには旗や幟を多く用いるのは、 こうして敵の耳目を惑わすことができるからです。だから敵軍の志気を奪うことができるし、 敵将の心を奪うことができるのです。この様に士気が重要なのですから、気力が朝方は満ちて鋭く、昼頃にはだらけ、夕暮れにはしぼむ変化に対応します。 戦争に巧みな者は、 敵の鋭気が満ちている時を避けて、敵の気力がだらけたり、しぼんだりしている時に攻撃するのです。これが気を掌握する術です。整然とした統率を維持しながら敵が統制を失って混乱する時を待ち、冷静さを維持しながら敵が慌てふためく時を待つ。これが心を掌握する術です。戦場の近くにいて遠くからやって来る敵を待ち、休息を充分にとりながら疲労して急いで来る敵を待ち、充分に腹拵えして空腹な敵を待つ。これが力を掌握する術です。整然と統制された旗や幟(正正ノ旗)を立てて向かってくる敵は迎撃せず、堂々の強大な布陣で臨んでくる敵に攻撃しない。これが変化を掌握する術です。

 前の部分の方が理想的な戦い方の説明で、後の「正々堂々」は禁忌の説明となってます。禁止行為の代表例として挙げられているのが、明瞭に解かり易く構成された文章ですね!
 「正正堂堂と戦う」事は、現在の日本語では「勝ち負けに拘らないスポーツマンシップ的に推奨すべき意味」に転化して終っているのですが、弱肉強食が当たり前の「剥き出しの生存競争」の戦国時代に於いて弱者であっても強かに生き残る智恵を絞って来た兵法の戦略思想を背景にすれば、正々堂々は「虛実を弁えない最悪の愚行」その物ですよね!
 その様な転化が起こる現在の日本だけの特性なのか?否か?は判りませんが、鍼灸も含む伝統医学界でも「虛実の前提である戦略思考」が理解できずに欠落して終っている様に見受けられる方が、残念ながら大多数です。


(以下、「滞り」と疎通-4に続く。)

伝統医学の「虚実」(12)、「滞り」と疎通-2。

 小口様、「虚実の原点-1」へのコメントありがとうございます。先ずは、「虛実」概念が兵法に由来する事を端的に示す文章を挙げて置きますので、ご参考にして下さい(➀、➁)。
 ご要望は「当方が古典研究をどの様に臨床応用して居るのか?の点も解説して欲しい」との事ですね!ご要望に沿って、前回に便宜的に仮定した「ビジー」と「フリーズ」をこれから試考・解説します。その為に必要な知識として、身体に出現する基本的な「虛実の目安」を先に確認して置きます(③)。

➀『霊枢』逆順篇「兵法曰。無迎逢逢之氣、無撃堂堂之陣。刺法曰。無刺熇熇之熱、無刺漉漉之汗、
 無刺渾渾之脈、無刺病與脈相逆者。」
  訓読:兵法二曰ク。逢逢(ホウホウ)ノ気ヺ迎ル無カレ、堂堂(ドウドウ)之陣ヺ撃ツ無カレ刺法ニ曰ク。
 熇熇(カクカク)ノ熱ヺ刺ス無カレ、漉漉(ロクロク)之汗ヺ刺ス無カレ、渾渾(コンコン)之脈ヺ刺ス無カレ、病ト脈
 トガ相イ逆ラウ者ハ刺ス無カレ。
  意釈:兵法書には次の様に記されて居ます。陣太鼓を威勢良くド・・ドンと盛大に響かせて来る敵
 を迎撃してはなら無い。堂堂の強大な敵陣を攻撃してはなら無い。刺法には次の様に記されて居ま
 す。燃える様にカッ・カッと発熱したら鍼治療をしてはなら無い。滴る様にポタ・ポタと発汗したら鍼
 は止めておくべきです。波立つ濁流の様にゴウ・ゴウと脈流が強過ぎる場合には鍼を刺してはいけ
 ません。病症と脈とが互いに一致せず反って逆の状態を露呈している場合には鍼治療をしては為り
 ません。

➁『孫子』軍爭篇「無邀正正之旗、勿擊堂堂之陳。此治變者也。」
  訓読:正正(セイセイ)ノ旗ヺ邀(ムカ)ウル無カレ、堂堂(ドウドウ)ノ陣ヺ撃ッコト勿カレ。此レ変ヺ治メル
 者ナリ。
  意釈:整然と旗を立てて隊列を整えて進撃してくる敵を迎え撃ってはならない。堂々とした強大な
 敵陣を攻撃してはならない。
これが変化を掌握する事である。

③『難経』四十八難「人有三虚三実、何謂也。然。有脈之虚実、有病之虚実、有診之虚実也。脈之虚実者、濡者為虚、緊牢者為実。病之虚実者、出者為虚、入者為実。言者為虚、不言者為実。緩者為虚、急者為実。診之虚実者、濡者為虚、牢者為実。痒者為虚、痛者為実。外痛内快、為外実内虚。内痛外快、為内実外虚。故曰虚実也。」
  訓読:人ニ三虚三実有リ、トハ何ノ謂イゾヤ。然リ。脈ノ虚実有リ、病ノ虚実有リ、診ノ虚実有ル
 ナ リ。脈ノ虚実トハ、濡(ナン軟)ナル者ハ虚ト為シ、緊牢ナル者ハ実ト為ス。病ノ虚実トハ、出ズル者
 ハ虚 ト為シ、入ル者ハ実ト為ス。言ウ者ハ虚ト為シ、言ワザル者ハ実ト為ス。緩ナル者ハ虚ト為
 シ、急ナル者ハ実ト為ス。診ノ虚実トハ、濡(ナン)ナル者ハ虚ト為シ、牢(カタ)キ者ハ実ト為ス。痒ユキ
 者ヺ虚ト為シ、痛タム者ヺ実ト為ス。外ハ痛タミ内ハ快キハ、外実内虚ト為ス。内ハ痛タミ外ハ快キ
 ヲ、内実外虚ト為ス。故二虚実ト曰ウナリ。
  意釈:人に「三虚・三実」が有るとは、どの様な事を云うのか? お答えします。「脈の虚実」と
 「病の虚実」、そして「診察における虚実」の三つの事です。「脈の虚実」とは、軟弱な脈は虚で、
 堅い緊張(緊牢)の脈は実です。「病の虚実」とは(病位の伝変が)、内から外へ出るものは虚、外か
 ら中へ入るものは実です。(喋り方では)言う者は虚、言わない者は実です。(病勢では)緩慢に進行
 する慢性症は虚、進行の速い急性症は実です。診察での虚実は、触診して軟弱なものは虚、堅い
 ものは実です。痒がるものは虚、痛がるものは実です。外側を浅く按じると痛むが、内側まで深く
 按じると気持ち良いのは「外実内虚」です。反対に、内側まで深く按じると痛むが、外側だけを浅く
 按じると気持ち良いのは「内実外虚」です。だから「虚・実」と云うのです。


(以下、「滞り」と疎通-3に続く。)

伝統医学の「虚実」(11)、「滞り」と疎通-1

 かわいいダンボ様、「虚実の常識-1」へのコメントありがとうございます。読者から、当ブログへの二人目のコメンテーターが出て来て下さった事に感謝し、喜んでおります。これからも、遠慮無くご意見を頂けると嬉しいです。
 コメント内容は「先生が施術中におっしゃっている肩甲骨がフリーズしてると言うのが虚実の実で、シャットダウンしたと言うのが虚実の虚ということですか?」との質問ですね。お答えする前に、近頃私が「フリーズ」や「シャットダウン」と表現している事に付いて確認して置きますが、「パソコンの状態に例えて言って居る」のは判りますね?
 現代では大多数はパソコン(以下「PC」と略記)を所有していて、恐らくは殆どの人に使用経験が有るので、「意図が伝わり易い例え」では無いか?と思って多用しました。ご質問は「肩甲骨」ですが、当方は「可動性が低下して凝り固まった関節」の事を、感覚的に「freeze、凍結」と表現して来ましたが、コンピューターについては専門外ですので、正確さに欠ける所が有ったかも知れません。
 一応ネットで調べて見ると、PCがフリーズする代表的な原因の一つに「熱暴走」という事が有るそうです。PCは熱に弱く、過熱すると内部部品が痛むので熱暴走を避ける対策が必要だから、メンテナンスには一般的に「冷やした方が快調」な様です。
 動作が止まってしまう事を「freeze、凍結」とは言っても、PCの場合は必ずしも改善対象としての「寒(冷え)」を伴う訳では無い様です。以前の記事『古典の温罨法「熨法」』で、「寒痺内熱!(寒えで気血の流れが塞がって通じない状態には熱を内れなさい!)」の熨法(ウツホウ)の適応原則を紹介した事が有るのですが、人間とPCはそこが大いに違う様です。
 「PCの動作停止」にはビジーの言い方もあり、英語でビジー(busy)は「忙しい」意味です。応答が無く画面に「システムがビジー状態です」と表示されたら、PCが大量の処理を行っているので動作が遅くなっていて、人間に例えると「忙し過ぎて焦って空回りしている状態」だそうです。
 これは意外に良い表現として借用できるのでは?と思いますので、暫くは「リラックスが必要な方にはビジー」、「温める必要の有る方にはフリーズ」で使い分けて見ます。私の主観的な感想ですが、最近は特に「心理的な焦りが、過緊張として身体に現れた苦しさ」の故に来院される患者様が、増加している様に感じますので。

(以下、「滞り」と疎通-2に続く。)

伝統医学の「虚実」(10)、「虚実」の原点-3

 前々回(「虚実」の原点-1)の引用➀では、『孫子』の「虚実」概念を医学に導入し始めた段階で、現在の様に狭義の意味だけでなく、まだ比較的自由に広義に使用している文章として『霊枢』の九鍼十二原篇が解説されて居ました。
 本来はもっと「広義」である事を忘却してないか?、とは藤木先生に既に指摘された事ですが、未だに「狭義」の現在の意味だけが「虛実・補泻」の全てだと思い込んでいるのが鍼灸業界の大多数の現状では無いでしょうか?
 同様の指摘は、他の先人からも有りますので、それを見て置きましょう(➃)。

➃島田『治す悩みをこうして克服した』から要約
「補泻法はすべて『内経』から出発している。時代を経るにしたがって工夫が加わって手技が発展してはいるが、常に出発点に立ち戻ってみる必要が有る。鍼灸は補泻に始まって補泻に終わるが、『内経』は「補泻」を、一般に言う様に「正気を補し、邪気を泻す」とだけ考えている 訳では無い。『霊枢』の冒頭の九鍼十二原篇は「➀虛するときは之を実せしめ、➁満ちるときは之を泄らし、③宛陳するときは之を除き、➃邪の勝つときは之を虛しうせよ」の四原則を示している。①と②は「正気」の虚実に対する補泻を言い、③は虚実には関係無く、鬱滞した気血が在れば取り除くべき事を指摘し、④は邪気が勝っているときは之を泻せ、と言っている。重要なのは②の正気が満ちているときがあり、これに泻法を施さないと病気を引き起こすと見ている点と、③の鬱滞している気血を取り除くのは補泻とは無関係と見ている点である。しばしば「刺絡は血を見るから大変な泻法」と誤解されている。刺絡は補泻とは無関係であり、鬱滞した気と血を疎通させて正気をスムーズに流注させる別の方法である。「九鍼十二原」篇に立ち戻り、原点を見直す必要があるが、見直すとしても、医古文解釈の新しい学問成果を使わないと、古い解釈から抜け出せないと指摘せざるを得ない。」
                         (『島田隆司著作集』下冊103~104頁)

疎通優先

(以下、「滞り」と疎通-1に続く。)




伝統医学の「虚実」(09)、「虚実」の原点-2

 前回(「虚実」の原点-1)では、医学に「虚実」概念を導入した原典の一つとしての『孫子』を挙げました。今回は、他の関連性の深い原典を挙げて見ます(➁③)。


➁「桓寛の『塩論論』は扁鵲のイメージを集約的に表現している。戦国の思想家たちにみられた医術と政治術の類比が登場する。~そこに『老子』第七十七章の「 余り有るは損し、不足するは補う。」が引用されている。『老子』のこの考え方は、気の理論とともに医学に採り入れられて中国医学の根本原則となった。」                 (山田慶兒『夜鳴く鳥』202~204頁より抜粋)

③『老子』第七十七章
「天之道其猶張弓與。髙者抑之、下者擧之。有餘者損之、不足者補之。天之道損有餘、而補不足。人之道則不然、損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下。唯有道者。是以聖人、爲而不恃、功成而不處、其不欲見賢。」
 訓読:天ノ道ハソレ猶ヺ弓ヺ張ルガゴトキカ。高キ者ハコレヲ抑エ、下キ者ハコレヲ挙グ。有余スル者ハコレヲ損シ、不足スル者ハコレヲ補ウ。天ノ道ハ有余ヺ損ジ、而シテ不足ヺ補ウ。人ノ道ハ則チ然ラズ、不足ヺ損ジテ以ッテ有余ニ奉ズ。孰レカ能ク有余ヺ以ッテ天下ニ奉ゼン。唯ダ有道者ノミ。是ヺ以ッテ聖人ハ、為シテ恃マズ、功成リテ処ラズ、ソレ賢ヺ見ワスヺ欲セズ。
 意釈:天の道は、弓に弦を張るときの様だ。上の部分は引き下げ、下の部分は引き上げる。弦が長すぎれば短くし、短すぎればつぎ足す。天の道は有余の所を減らし、不足の所を補う。しかし人の世の道はそれに反して、不足している人を損なって余り有る人に奉る。余り有れば天下の人々に分け与える者は誰であろうか。ただ有道者のみだ。その様にして聖人は、成し遂げてもそれに頼らず、功績にしがみつかず、自分の賢さを人に誇る事も無い。

(以下、「虚実」の原点-3に続く。)

プロフィール
山口秀敏

関東鍼灸専門学校卒

東京医療専門学校
 鍼灸教員養成科卒

信州医療福祉専門学校付属
光和はりきゅう院 元院長

2000年に岡田研吉氏、岩井祐泉氏と森立之研究会を発足し、現在は事務局長兼講師。

「伝統医療 游の会」を会長・松田博公先生、副会長(2人)・杉山勲先生・足立繁久先生達と立ち上げ、事務局長兼講師。



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8568-8
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(個別指導塾まつがく若穂教室様と同じ建物です)


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