蓬松養生院(旧・柳原はりきゅう院)

「森立之研究会」や「伝統医療游の会」など、伝統医学の古典考証や研究を綴ります。

温熱療法

当院の熨法について(30)、「熨」のイメージ-5

 前回は当院の新しい方法と用具の呼称を一応決めた話でした。
 新しい温熱器具の呼称は、「熨筒ウットウ」です。それは、現代日本語の「熨斗ノシ」の元に為った漢代中国語「熨斗ウット」に因んで造語しました。
 「熨斗ウット」は「火熨斗ヒノシ」を指す古代の柄杓型のアイロンで、金属製の重量の有る斗(ト:柄杓ヒシャク、木製の柄で断熱し手が焼けない構造の道具)に炭火を容れて、その火熱と重みで加熱・加圧して布の皺延ばしをする道具です。
 それを「火で伸ばす物」の意で、日本では「ヒノシ」と訓じて来たのですが、それに相当する英語由来の「アイロン」に代替されてしまったので、その後「火熨斗ヒノシ」の語は廃れてしまい、「熨斗ノシ」の言葉遣いだけが、転化した「熨斗鮑ノシアワビを象徴する飾り」の意味でのみ残りました。しかし中国語では今も猶お「熨斗:yùndǒu:ユンドウ」がアイロンの意に使われ続けて居ます。
 「患者様にアイロン掛け・・・云々」等と言ってしまうと、如何にも「残酷な苛め」の印象を与え兼ねないので、解説を追加します。私の熨法の手順は、先ず、➀燃焼中の熨筒を右手に持って、折り重ねたタオルの上に当てて加熱します。次いで、➁その熱したタオルをミトンをはめた左手で熱伝導の速度を加減しながら加圧して施術箇所を温熱します(「熨法」とは?-3参照)。
 火熨斗と対照して見ると、先ず重ねたタオルに畜熱して行く➀の「加熱段階」は、布を加熱するアイロンがけと似て居ます。次に熱く為って蓄熱したタオルを圧して温熱を伝えて行く➁の「加圧段階」は、言わば「筋膜の皺延ばし」の様にも連想できるので、これもまた「シワノバシ」としてアイロンと似て居ると言えます。
 「➀加熱段階」での要点は、重ねるタオルの枚数調整です。厚手のタオルを沢山重ねた方が断熱の層が厚く為り、「蓄熱容量が増大」するので、熨筒の強大な火熱を充分に吸収させて「利用可能な状態で蓄熱」出来ます。但し、「欲張って蓄熱」しようとする余りに「枚数を多くし過ぎ」ると厚味を増した断熱層を透過して伝導させる為には加熱量を増やさざるを得無いので、断熱層の表面温度が上がり過ぎて燃え始めてしまいタオルに焦げ穴を開けて終います。無駄にタオルを焼失しないためには不燃限度を超えない範囲内での加熱になる様に枚数調整します。
 「➁加圧段階」での要点は、圧し方の加減です。ミトンをはめた左手での「温熱の加減」は、素早く加圧すれ熱の透過伝導が早く為るので「熱く為り」ますが、ユックリ加圧すれば「徐々に温まり」ます。「熱つ過ぎる」と感じた場合には、左手の加圧を緩めれば温熱は「ぬるく為り」ます。加圧を止めて終えば、自然に放熱して「冷めて行く」ので、もし「熱い!」と言われたら左手を放して終えば徐々に冷めます。蛇足ながら、更にタオルを剥いでバタバタ扇げば、空冷されて「寒く為り」ます。
 私はこの様な臨床を重ねる内に、古典的な世界観で見れば「この熨法」は「軽量小型化した火熨斗(ヒノシ)の治療への転用」に相当するのでは?との感想を持つに至りました。

(「熨」のイメージ-6へ続く)

当院の熨法について(29)、「熨」のイメージ-4

 チョット話の筋が飛ぶので、脱線の様に感じるかも知れませんが、贈答品に添える「のし紙」の「熨斗(ノシ)」には「熨」の字が入ってますね!二文字から成る「熨斗」の熟字は、温熱療法としての「熨法」と意外に関連が深いのです。その故に、今回は「熨斗(ノシ)」の話から始めます。
 身近なので「熨斗紙」自体は、皆さんご存知の物とは思いますが、一応ネットのウィキペディアでの確認をして置きます(以下➀~➃Wikipediaより抜粋)。

➀「熨斗鮑(ノシアワビ)とは、アワビの肉を薄く削ぎ、干して琥珀色の生乾きになったところで、竹筒で押して伸ばし、更に水洗いと乾燥、押し伸ばしを交互に何度も繰り返すことによって調製したものを指した。・・・「のし」は延寿に通じ、アワビは長寿をもたらす食べ物とされたため、古来より縁起物とされ、神饌として用いられてきた。・・・伊勢神宮に奉納される他、縁起物として贈答品に添えられてきた。やがて簡略化され、アワビの代わりに黄色い紙が用いられるようになった(折り熨斗)。」
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➁「熨斗(ノシ)とは、一般的には慶事における進物や贈答品に添える飾りである。ただし、元来長寿を表す鮑が使われていたため、お見舞いなどには熨斗を使う場合もある。現在では黄色い紙を長六角形の色紙で包んだ形状をしているものが多く使われる。祝儀袋等の表面に印刷された、簡略化されたものもある。しばしば水引と併用される。
・・・「火熨斗ヒノシ」から、「伸ばす」ことを意味する「のし」に「熨斗」の字が当てられ、やがて、「熨斗鮑ノシアワビ」(製造には火熨斗は用いられない)を経由し、慶事の贈答に用いる「熨斗ノシ」の用字となる。
 なお、アイロンとしての「熨斗」は漢語では「ウット」と読み、漢語「熨斗」は、熨(熱でしわをのばす)+斗(ヒシャク)で、即ち、昔のアイロンである火熨斗(ヒノシ)を指す。現代中国語でも「熨斗(普通話:yùndǒu)」はアイロンを意味する。」

③「熱した金属の熱と重みにより、布を伸ばすという工夫は中国においても古くからあり、そのような行為を「熨」(「尉:布をしりの下において熱を加え伸ばす」+「火:後世、『尉』が主に敵を鎮圧する武官を指すようになったため、特に火を使うことを強調し別字とした」)と言い、それに用いる道具を「火熨」又は「熨斗(『斗』はひしゃくでその形状をあらわす)」と言った。」

➃「日本では、平安時代に編纂された辞書『倭名類聚抄』に火熨斗(ヒノシ)が記載され、貴族の邸宅などで使われていた。片手鍋のような銅製容器に熾き火にした木炭を入れ、熱と容器の重みで布のしわを伸ばしたほか、冬は寝具を温める用途もあった。庶民は、麻などで織った服を洗った後は、台に載せて砧で打ってしわを取っていた。後には、こてを炭火で加熱して火熨斗の代わりとされるようになった。炭火アイロンが登場した後も、火熨斗は和服を伸ばす際には多く用いられ、電気式アイロンが普及する昭和30年頃まで使われていた。」

 以上を要約して見ます。➁によれば「熨斗」は、漢語では「ウット」と読み、昔のアイロンである火熨斗(ヒノシ)を指します。「現代中国語でもアイロンを意味する」と有るので、試しに「アイロンの中国語」でググって見ると、「熨斗yùndǒu」が出ます。「電(电)」を付けた「电熨斗」では、電気式アイロン商品が大量に出ますので、間違い無い様です。
 また③によれば「布を伸ばすと行為を古くは「尉イ:布をしりの下において伸ばす」と言っていたが、:後に「尉イ」が主に敵を鎮圧する武官を指す文字になったため、特に火を使うことを強調した別字の「熨ウッ」に変化し、それに用いる道具を「火熨(ヒノシ)」又は「熨斗(ウット:斗は炭火を入れるヒシャク)」と言った。
 つまり私が古典的な根拠にしている『素問・霊枢』が編纂された時代には「熨ウッ」字は火熨斗(ヒノシ:火熱で皺を延ばす昔のアイロン)の意味に使われるのが一般的な文字(より古くは「尉イ」:尻に敷く「座り圧しの折り目付けと皺シワ延ノばし」)だった、と思われます。
 以上に因って、私の温熱用具は、柄杓(ヒシャク)型の「熨斗ウット」に倣って、こちらは筒型なので、以後は「熨筒ウットウ」と呼称します。
 同様に、私の温熱療法は「熨法イホウ」では無く「熨法ウツホウ」と呼んで頂きたいと思って居ります。しかし、2016年の合宿で「熨法ウツホウ」と発表し、私は何度も繰り返し「ウツホウ」と呼んだ
のに、しつこく「イホウ」と読まれて終いました。一々の訂正の御願いも面倒なので、現在では私も不本意ながらそれを容れて「イホウ」と読んで居ります。

(「慰」のイメージ-5へ続く)

当院の熨法について(26)、「熨」のイメージ-1

 前回までは、様々な検討課題が山積していても最優先にエネルギーを注ぐ焦点 = 今解くべき問題を「イシュー(Issue:本質的な論点)」として明確化する事の重要性に気付き、自覚させられて行った話でした。これは、経験的に何度も再確認させられた教訓です。
 先(マ)ず、イシューを特定すること。それは、依頼や課題の解決に取り組む前に「そもそもの根源的な問題」はどこなのか?沢山の課題の中から何を「今解くべき課題」とすべき?なのかという問題全体の突破点としての「最優先事項」を見定め、それに沿って集中すべき努力の中心軸をブレ無い様に設定する為には、前提として誰もが持っている「思考の癖」の自覚が必枢です。その「イシューの突破」が難関だからこそ、最優先にして関連する他の条件はその突破に貢献する様に臨機応変に適応させて行くべきなのです。
 「何を考えたいのか?」という思考の癖を、自・他が共に持つ事を認識し、安易な考え方に飛び付いて固執してしまう「偽のイシュー」の誘惑の罠に掛から無い為には、そもそもの真の目的「何を問題として考えるべきか?」という「イシューの特定」が的確な出発点になります。
 いつもとは違う「新しい領域」に挑戦するのですから、「その時点での最適解」を導き出してより正しい結論に辿り着く為には、思考に欠落した部分としての「抜け」や「漏れ」はもう無いのか?と自問自答し続けて、疑問点を見つけたら直ちに依頼主に確認して再整理し、結論をより深く考え詰めて行きます。背景の状況と前提条件を深掘りして思考の枠を広げて行き、主体的に意味のある課題設定をするのです。
 その様に、常に自らの考えと疑問を検証し、自らの常識さえ「本当にそうなのか?」と疑問を持って取り組む「批判的思考(Criticalthinking:クリティカル・シンキング)」が必要なのです。ですからイシューが解って居ない人と共に新しく物事を進める事は、兎に角ヤバくて危険な「トラブルの元凶」です。
 その無理解な人の例としては、頼まれても居ない事を勝手に優先し、釉薬(ユウヤク)の色合いの調合や、薄さと軽量化に精魂を尽くす等の、高度な技術(で得意だからやりたい事)では有ってもその段階では本末転倒な事を懸命に持ち出して焦点をズラし、「偽のイシュー」を設定する提案をしつこく繰り返して「こうした方が良いですよね!」「どちらの色がお好みですか?」等と「同意の言質(ゲンチ)」を集めてミスリードに励み、方向違いの瑣事に集中するトンチンカンな暴走を始めます。
 「黒」で充分!耐熱の為に「重くても頑丈に!」と希望しても、「それじゃ格好悪い、こうすべきです!そういう物なんですよ!!」と頭から決めてかかるので聞く耳が無く、噛み合わない話にイライラさせられて「それは今の段階では如何(ドウ)でも良い事です!」等と言ってしまうと、「じゃあ、これでも良いって事ですよね!」と説得の甲斐あってやっと賛同を得たと曲解し「矢張り私の言った通りだったでしょう!」と自らの見識を誇り、依頼よりも我執を偏屈に押し通します。
 その様に短絡的な決め付けに励むので、注意を逸らし続けた結果として必要な思考は放棄されます。本当に解決が必要で御願いされているイシュー自体には、心が一向に辿り着か無いままに「曲解の言質」を楯に都合良く言葉尻だけを捉えて「(当てずっぽうでズレていても気にせず)取り敢えずやって見た」結果として「イシュー無視の本質的失敗」をして終います。
 大事なイシューの「説明の深相」を聞き取ろうとせず、わざわざ重くて格好の悪い黒で厚手に制作しろだなんて「侮辱だ!」という誤謬で、「私の拘り続けた技術を評価し無いなんて!・・・困った無知だ!」と、頑(カタク)なに失敗のリスクを伴う「現段階の突破口」の認識を拒みます。「私の方が解って居るのだから私に従うべきだ」と思い込んで見下す「既知の価値観」の枠組みを守っているのです。何回も「それは今やるべき事とは違いますよ!」と説明を繰り返しても、うるさがって無視します。
 単なるあら探しの批判をしている訳では無く、突破口からズラされた「焦点の修正」の確認を取っているのです。嫌われても、しつこく確認をすると「そんなのは有り得ない!今まで聞いた事も無い!」と自らが無視した事に気付こうとしません。そして次は「何故(ナゼ)チャンと説明してくれなかった」等と責任転嫁を開始します。どうやら「不安になる様な事は考えたくもない(そんな事よりもやる気が上がる様に気持ち良く褒めて欲しい!)」と云う事の様です。
 そこまでして確認しても、直ぐに「前例が無い。有り得ない。今まで考えた事も無い!そんな理不尽な要求が在って良い筈が無い!!」と虫の良いパニックで思考を放棄し、感傷的に混乱を興して都合良く忘れたい事から忘れます。依頼の中心軸である優先事項を「(無知な素人が言う)瑣末な難癖を考えるのは後回し!」、「自分のやり方でやり切るしか無い!」等と勝手な自己満足の正当化を繰り返して「もう精一杯に悩んだ。熟考した!自分なりに精一杯やれば良いんだ!!」と「安易にズラした暴走」に戻り、「もう時間が無いから仕方無い」等とその場凌ぎの言い訳に終始して不安になる「修正」はまた忘却して行きます。
 真面(マトモ)に相手にし続けると、血圧が上がり健康を損ないます。延々の堂々巡りには何処かで「見切り」を付けるべきです。その様な「自己虫パニック症候群」の代表的な兆候を挙げます。イシューを把握すれば簡単な筈の事でも「そんなのは想定外!上手く行くか?・どうか?は判ら無いけど・・・」等と殊更(コトサラ)に「難題」だと強調して対価吊り上げの駆け引きをします。そして恩着せがましく「出来るか?・どうか?はやって見なければ判らないけど、頑張ってやって見てあげますね!」等と結果への責任回避も始めます。
 冗談では有りません!出来なくて当然の「無理では無い」し、「目的を達成」する為の依頼で在る事は、最初から申し上げているではないですか。その様な「偽の善意」と「擬態の努力」で誤魔化す欺瞞はせず、先ずは「出来ると信じ」てイシューに本気で取り組ま無いのでしたら、早々にご辞退下さい!
 普通と違う要求=「変な要求(=要求してはイケナイ我が儘?)」のレッテルさえ貼れば短絡的に「出来なくても責任は無い」とお考えなら、尚更(ナオサラ)に迷惑です。こちらも分からず屋の相手はウンザリだし、依頼の「実質の空洞化」を警戒し続ける事から解放されたいのです。虫が良い甘えた解釈で的外れに曲解し、「他者のチャレンジ」を「甘い汁を吸うチャンス」に歪曲し押し流す者など、信頼に値し無いのです。
 そもそも、御願いしているのは美術品では無いのです。道具としての実用性の向上を、こちらなりの「イシュー対策のアイデア」とその理由の説明を明示して御願いしているのです。道具としての実用性が向上して居無い物など当方には無用なのです。実用性を極めた結果としての機能美なら「オマケ!」で有っても良いのですが・・・。
 しかし、そもそもの依頼の根本である実用的な機能向上を犠牲にしての見栄えの変化や芸術的な美意識の付与などには、対価の支払いを断られて当然です。「これまでの努力」が報われて、やっと「美味しい仕事」が回って来た訳では無いし、そんな甘い事を頼んではいないのです。そんな「これまで」など興味は無いし、結果に結び付け無いので在れば当方には関心も無い!愚かな自慢など聞きたくも無い!そんな「過去の延長」では無い!のです。
 「これまで」とは違う「難関を突破した未来」の為に一緒に「新たな挑戦」をして欲しいのです。依頼の本質を踏まえた本当の挑戦を真に考え始めたのなら、今まで通りにやれば上手く行く既知の領域では無い事位は直ぐに判る筈です。やった事も無い未知の領域なのですから、真に挑戦すれば失敗作も出るのは当然です。だからそれなりに高価な前提で「20個も頼む」のです。「19がダメでも、一つが良ければOK」なのです。
 各個それぞれに何らのアイデアなり工夫を加えた跡も無く、20全部を同形で無挑戦の駄作にして恥じない等は全くの論外!本当の挑戦が為され実用品としての機能向上が果たされれば、結果的には形やアイデアさえも依頼通りでは無くとも良いのです。だから「不格好(ブカッコウ)でもOK」で、「自由な発想でアレンジしてもOK」だと言うのです。この「自由な発想」は特に恣意的に履き違えないで下さい。イシューを踏まえた上で無ければ、話に為りません。
 以上のヤバイ人の例説は、判り易く極端化のデホルメをしました。しかし、程度の差は有っても前述の様に「いつもと違う事を考えるのが苦手な無思考な人」は、残念ながら世の中では驚く程に圧倒的多数派です。自発的に思考し無いだけではなく、こちらが考えて依頼した「与えられたアイディア」でも挑戦から逃避するので、クリア出来る人は稀なのです。
 山中英嗣『クリティカルシンキングの教科書』(PHP研究所)によれば、人間は普段のほとんどは無意識に過去の行動を繰り返す「洞察力不足無意識行動症候群」に陥っています。クリティカル・シンキング(Criticalthinking)とはあらゆる物事の問題を特定して適切に分析することによって最適解にたどり着くための思考方法です。
 単に技術を持っているだけの人では、既にやった事の有る定型化したルーチンワークしか頼めません。それ以上のレベルの事は、普段から思考を深めて自発的にその能力を鍛えて来た方でないと出来ないのです。新しい物事への「挑戦には不適格?」なのかも知れない思考能力への不安が有る内は、「合格レベルの試作品が出来るまでは対価の支払いは無し」の厳格なルールを前もって徹底すべきです。
 ですから「ベテランだから、きっと上手く行きますよ!」と紹介された方々の方が、反って油断は出来ない事も多いのです。既知の領域の「見せ掛けの常識」に惑わされず、「未知の問題の本質」を多面的に捉えて課題を再定義し、イシューの真偽を見抜く努力を継続する「クリティカルな思考能力」は経験値だけでは推し量れ無いのです。ウッカリと信用して、思考の焦点と深度のチェックを怠ると後にトラブルに巻き込まれます。
 見せ掛けの「偽(ニセ)の挑戦への対価」を要求されるトラブル回避の防衛策としては、前もって「依頼内容を証明」する為に(最低限FAXでも)必ず書面化し、「取引の前提」を明示して了承の返答を得てから、互いに合意した「証明書類」と位置付けておくべきです。また、その契約書類の依頼内容から「イシューの特定」がスムーズに出来ない人や状況には、創造的な物事には関わらせてはイケナイ!のです。これが「見切りのコツ」だと思います。
 また更には、イシュー理解の責任を放棄した結果物としての「偽物」の押し売りに対価を支払う等は、以(モッ)ての外(ホカ)!です。この手の方々は、散々に時間を奪いとエネルギーを浪費させて、これからも頑張って行こうとするモチベーションまで大幅に低下させた「自らの加害」には目を瞑って「言われた通り(?)」に仕上げたのに・・・!等と被害者面をします。上手く駆け引きして居る積もりかも知れませんが、それは所謂(イワユ)る「商売上手」と言う様な、時と場合に因っては褒められる事も有る取引上のテクニックとは全然違います。
 そもそも、依頼のイシュー自体を無視したのでは取引は成立せず代金の支払いも発生しません。その当然の「因果律」を弁えて頂く為には、「嫌われる勇気」は必枢です。無思考で短絡的な「決め付け」と一方的に甘えを「押し付け」る強甘行為にはペナルティを課さないと無責任が増長します!「目先の金さえ取れれば後の事は如何(ドウ)でも良い」等と考えるモンスター化を助長してしまいます!!
 ですから、例え「仕事が減って暇で困っている」と聞かされたので、「ならばこの様な御協力を御願い出来ますか?」と始まった関係で、初めは自主的に「こんなアイデアはどうですか?」とドンドンとチャレンジして下さったとします。その様に上手く行った過去の実績が有ったとしても、「今は」忙しくて電話に出られないと言われたら、本人から直接に御連絡を頂けるまで待つべきです。増してやイシュー意識の無い周囲の方には、決して御家族であっても介入させては為りません。
 一旦は「協力する」と言って頂けたとしても「今は」時間が無いと言われたら、相手側の刻々と変化する状況と心に即応すべきです。共に「進化する志」に目覚めた事が有ったとしても、一時的な物に過ぎ無かったのです。暇で無くなったのなら、その場しのぎでは無い「長期的な視野の努力」は後回しで、もう自己を変え続けるのは嫌に為ったのです。それは別に不思議では無く、実は当たり前に有り得る事!なのです。
 多くの方々は、現状への不満を述べても、未来を変える努力は殆ど実行しないのです。一時では有っても希望を共有できた過去の方が、「希有な幸運!」だったのです。ですから、長期の時間意識を保持でき無く為った方には、もう「未来」を託す訳には参りません。
 私は、以前に例説した陶芸家様とは別の方々とも、様々に関わった事があります。そうして解ったのは、共に「未来に賭ける苦闘」をお願いをする当方の立場に付け込んで見下し、示威行為を始める様なこの手のヤバサを感じたら、その状況からは速やかに避難すべきです。依頼を撤回して関係を断つか、少なくとも被害を受けない様に距離を離すべきです。それが簡単に出来ないのだとしたら、こちらに過剰な依存心が在って、それも相手に対する弱味に為っているのだと思います。
 長く為ってしまいましたが、心の底に残って居るかも知れない「過去の自分」への訓戒はこの位にして置きます。では話の筋を元に戻します。
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 今回は「伝統医療 游の会」の前身「東洋医学協働機構(TOMcom:トムコン)」の長野での初回合宿の終了時の写真をFacebook「山口秀敏」2014年11月30日 の投稿から再掲して置きます。
 さて、2016年の《学・術・道》研鑽合宿での発表を決意し、「この温熱療法の呼称」を決める必然性に迫られた事は以前に書きました(「熨法」とは?-8参照)。
 また、それ以前には、「ネパール棒灸」体験の第一印象を「とにかく気持ちが良くて、身体の強ばりがまるで温泉の様な温かさと共に緩(ユル)んで行って、抑圧(ヨクアツ)されていた疲労感がドッと出て来た様に感じてヘロヘロの脱力状態に成ってしまい、その時は普通に歩く事やただ立って居る事も辛く感じる程でした。」と書きました(灸熨法-1参照)。その時の受療後には、眠気が出てひたすら早く就寝したくなりました。そして睡眠は「グッタリ」という感じに深く眠って、翌朝はスッキリとして疲労感からは大分解放されました。
 この「身体の強(コワ)ばりが緩んで、良く眠れる」事は、当院で受療された患者様が良く仰(オッシャ)る事ですので、この温熱療法の第一の特徴として挙げて良いと思われます。
 その故(ユエ)に、先ずこの「気持ちの良い温かさと共に緩める」意味を含んで使われて居る字は無いのか?と思いました。そして、その様な視点から伝統医学の古典を見直してみる事にしたのです。(「熨」のイメージ-2へ続く)

当院の熨法について(28)、「熨」のイメージ-3

 前回は『霊枢』寿夭剛柔篇に、「火熱」は用いるが、艾(モグサ)で焼く「灸」とは違う二つの方法が記載されている話でした。そして、その二法は、➀平民(布衣)に対する「火針(カシン)」と、➁貴族(大人)に対する「薬熨(ヤクイ)」です。➀の火針は、より「効率重視」の方法で、➁の薬熨は「気持ちよさ重視」の方法である事を説明しました。
 続けて別の熨法の記述を引用して見ます。これも以前に書いて置いたのですが『霊枢』の経筋篇の記述です(経筋篇の「熨法」、参照)。詳細はそちらを見て頂きたいのですが、引用した足陽明経筋の治療には「美味しい酒と焼き肉」の飲食も治療に含まれて居て、チョット羨ましく為りませんか?でも、酒を飲めない下戸(ゲコ)の人であっても「無理にでも飲ませろ!」とあるので、飲めない下戸の方には辛いかも知れません。
 今回は引用した文中に出てくる「シナモン(桂)」の苗の写真を貼って置きます。以下に要点を再掲します。
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『霊枢』経筋篇「之ヺ治スハ馬膏ヺ以テス、其ノ急ナル者ニ膏シ、白酒ヺ以テ桂ニ和エ、以テ其ノ緩ナル者ニ塗リ・・・生桑灰(『甲乙』生桑炭)ヺ以テ、之ヺ坎中ニ置キ、高下ハ坐ヺ以テ等シクス、膏ヺ以テ急スル頬ヺ熨(ヒノ)シ、且ツ美酒ヺ飲マシメ、美キ炙肉ヺ噉ワシメ、酒ヺ飲マザル者モ、自ラ強ウル也。」
  意釈: この治療には馬の膏(あぶら)を用いて痙攣した所に塗り、肉桂(シナモン)に混ぜて成分を浸出させた白酒を弛緩した所に塗って、・・・また新鮮な桑の炭を小壺(坎)の中に置いて、高さを坐った時に患部が暖まる位置に合わせる。膏を用いて痙攣した頬を温罨法(熨)して同時に上等な酒(美酒)を飲ませて、美味しい炙(アブ)った肉を沢山食べさせて、普段は酒を飲まない者にも、出来るだけ飲む様に強制します。

 ここでは「馬膏(バコウ:馬から採取した油)」と、「シナモンをブレンドした白酒」の二つを患部の「寒・熱」と「緩・急」とに応じて使い分ける事が記載されております。
 その「膏(アブラ)」と「酒」の二つは、
➀「寒」えて「痙攣(ケイレン)した患部(急)」は、→「馬膏」を用いて温罨法(オンアンポウ:熱した物を押し付けて温める=熨)し、
➁「熱」して「弛緩した患部(緩)」には、→シナモン・ブレンドの「白酒」を塗って、熱が抜け易(ヤス)く為(ス)る、
という様に「膏・酒」の使い分けが、説かれています。
 念の為に、この「使い分け」の前提条件をもう一度確認して置きますので、混乱は避ける様に御願い致します。前回の火針と薬熨(ヤクイ)の使い分けの前提条件は「体質・身分」でした。そして、今回の「膏(アブラ)」と「酒」を患部に塗る使い分けの前提条件は患部が「寒急(冷えて堅く為っている)か?・熱緩(熱くて緩んでいる)か?」ですね!
 今回の緩急に因って使い分ける「膏熨(コウイ)」のイメージは、身体の筋肉の緊張度での左右差を診て、収縮(急)した側を「温めた馬油のオイルマッサージ」で緩めて、弛緩した側をシナモンのアロマ酒を塗って引き締めてバランスを取る方法?、と現代風に言い換える事も出来ると思います。
(「熨」のイメージ-4へ続く)

 当院の熨法について(27)、「熨」のイメージ-2

 前回は「気持ちの良い温かさと共に緩める」意味を含んで居る字の使用例を伝統医学の古典から探索する事にした話でした。
 そして以前にも書いておいたのですが、先ず気になった所は、『霊枢』寿夭剛柔篇(ジュヨウゴウジュウヘン)』の記載です(古典の温罨法「熨法」、参照)。以下に要点を再掲して置きます。

 『霊枢』寿夭剛柔篇「布衣ヺ刺ス者ハ、火ヺ以テ之ヺ焠(ニラ)グ、大人ヺ刺ス者ハ、薬ヺ以テ之ヺ熨(ヒノ)ス。」
  意釈: 体質の強い肉体労働者などの平民(布衣)には火針(火で鉄を赤熱して刺す針)を用います。体質の弱い貴族(大人)には、生薬の温湿布で縮こまった皺を伸ばす様に温熱します!と。

 ここには「火針(カシン:火で鉄が赤熱するまで焼いてから刺す針)」と、「薬熨(ヤクイ:生薬の温湿布)」との二つ方法が記載されております。
 その二つの方法は、
➀平民(布衣)に対しては、→「火針」を使って短時間で効率的に治療し、
➁貴族(大人)には、→「薬熨」で手間・暇と費用を掛けてでも「苦痛なく、気持ち良く」行う、
と使い分ける事が説かれています。
 使い分けの時代的な背景としては、古代中国に於いて為されていた治療の説明なので「身分差別」も前提条件に含まれていたと考えるべきでしょう(現在の差別容認の発言ではありませんので、念のため)。
 この二つの方法は、どちらも「火熱」を用いますが、灸とは違って「艾(モグサ)」で焼く訳では在りません。紙巻きの棒灸へのアレンジから出発した当院の「艾は不使用の温熱療法」のイメージは、➀と➁ではどちらか?と言えば、➁に近いと思います。
 しかし、➁の「薬熨」に近いとは言っても「生薬は不使用」なので「薬」の字が抜けた「熨」法です。
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 今回はFacebook「柳原はりきゅう院」 2016年8月30日 の投稿より、陶筒バージョンの使用中の写真を貼って置きます。記事は「5才の女の子もお灸します。」となっております。御覧の通りに子供でも怖がらずに気持ち良く受けて頂けます。
 当時はまだ呼称が未定だったので、「お灸」と仮称しておりますが、より正確には「当院流の熨」法です。
(「熨」のイメージ-3へ続く)
プロフィール
山口秀敏

関東鍼灸専門学校卒

東京医療専門学校
 鍼灸教員養成科卒

信州医療福祉専門学校付属
光和はりきゅう院 元院長

2000年に岡田研吉氏、岩井祐泉氏と森立之研究会を発足し、現在は事務局長兼講師。

「伝統医療 游の会」を会長・松田博公先生、副会長(2人)・杉山勲先生・足立繁久先生達と立ち上げ、事務局長兼講師。



店舗紹介
長野市若穂綿内  
8568-8
イナダハイツ1号室
(個別指導塾まつがく若穂教室様と同じ建物です)


予約優先制です

予約受付 09:00~11:00,14:00~18:00.

休院日  日曜日
     
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     不定期で休院の
     場合あります
     電話確認願います

   ☎026-400-1396

施術料 税込1時間
大人3,900、高校生3,000、
中学生2,000、小学生1,000、
幼児800円