小口様、「滞りと疎通-2」への再コメントありがとうございます。『孫子』軍爭篇の「正正堂堂」は虛実の「実(兵力の充実した敵陣)」なので、正面衝突すると負け戦に直結する状況です。だから「変化を治める術」としては、その状況下での「実力勝負は避けるべき」なのです。
 良い事に気付いて下さったと思います。これはキーワード解説として意外に良い要点の解説に繋がりそうですので、前の文脈も含めて、軍爭篇をもう少し詳述して見ます(➃)。

➃『孫子』軍爭篇「難知如陰、動如雷震、掠郷分衆、廓地分利、懸權而動。先知迂直之計者勝。此軍爭之法也。 軍政曰、言不相聞、故爲金鼓。視不相見、故爲旌旗。夫金鼓旌旗者、所以一人之耳目也。人既專一、則勇者不得獨進、怯者不得獨退。此用衆之法也。故夜戰多火鼓、晝戰多旌旗、所以變人之耳目也。故三軍可奪氣、將軍可奪心。是故朝氣鋭、晝氣惰、暮氣歸。故善用兵者、避其鋭氣、擊其惰歸。此治氣者也。以治待亂、以靜待譁。此治心者也。以近待遠、以佚待勞、以飽待饑、此治力者也。無邀正正之旗、勿擊堂堂之陳。此治變者也。」
 訓読:知リ難キコト陰ノ如ク、動クコト雷震ノ如ク、郷ヺ掠(カス)メテ衆ヺ分カチ、地ヺ廓(ヒロ)メテ利ヺ分カチ、権ヺ懸ケテ動ク。先ズ迂直ノ計ヺ知ル者ハ勝ツ。此レ軍争ノ法ナリ。軍政ニ曰ワク、言ウトモ相イ聞コエズ、故ニ金鼓ヺ為クル。視メストモ相イ見エズ、故ニ旌旗ヺ為クル。視メストモ相イ見エズ、故ニ旌旗ヺ為クル、ト。夫レ金鼓・旌旗ハ、人ノ耳目ヺ一ニスル所以ンナリ。人既ニ専一ナレバ、則ワチ勇者モ独リ進ムコトヺ得ズ、怯者モ独リ退ゾクコトヺ得ズ。此レ衆ヺ用ウルノ法ナリ。故ニ夜戦ニ火鼓多ク、昼戦ニ旌旗多キハ、人ノ耳目ヺ変ウル所以ンナリ。故ニ三軍ニハ気ヺ奪バウ可ク、将軍ニハ心ヺ奪バウ可シ。是ノ故ニ朝ノ気ハ鋭、昼ノ気ハ惰、暮ノ気ハ帰、 故ニ善ク兵ヺ用ウル者ハ、其ノ鋭気ヺ避ケテ、其ノ惰帰ヺ撃ツ。此レ気ヺ治ムル者ナリ。治ヺ以ッテ乱ヺ待チ、静ヺ以ッテ譁カヲ待ツ。此レ心ヺ治ムル者ナリ。近キヺ以ッテ遠キヲ待チ、佚ヺ以ッテ労ヺ待チ、飽ヺ以ッテ饑ヺ待ツ。此レ力ヺ治ムル者ナリ。正正(セイセイ)ノ旗ヺ邀(ムカ)ウル無カレ、堂堂(ドウドウ)ノ陣ヺ撃ツ勿カレ。此レ変ヺ治メル者ナリ。
 意釈:認知の困難さは陰の様に目立たず潜伏し、決起すれば雷の様に素早く動き、敵国の村里の収奪には兵士を分散させ、土地を奪い占領地を広げたら、利益を兵達で分ける。権(秤の重り)を懸ける様に物事の軽重を正確に計測して行動する。まず迂直の計(遠回りと近道を使い分ける計略法)を知る者が勝つ。これが軍争の原則です。兵法書の軍政にはこう記述されています。口で命令しても遠くまで聞こえないから、 鐘や太鼓で伝達する。手で指揮しても遠くまで見えないから、旗(ハタ)や幟(ノボリ)を使用する、と。金鼓・旌旗は人の耳目を統一するためのものです。兵士の心が統一されていれば 勇猛な者であっても、自分だけ先駆けできない。臆病者であっても、自分だけ退くこともできない。これが大部隊を動かす方法です。だから夜の戦いはかがり火と太鼓を多く用いて、昼の戦いには旗や幟を多く用いるのは、 こうして敵の耳目を惑わすことができるからです。だから敵軍の志気を奪うことができるし、 敵将の心を奪うことができるのです。この様に士気が重要なのですから、気力が朝方は満ちて鋭く、昼頃にはだらけ、夕暮れにはしぼむ変化に対応します。 戦争に巧みな者は、 敵の鋭気が満ちている時を避けて、敵の気力がだらけたり、しぼんだりしている時に攻撃するのです。これが気を掌握する術です。整然とした統率を維持しながら敵が統制を失って混乱する時を待ち、冷静さを維持しながら敵が慌てふためく時を待つ。これが心を掌握する術です。戦場の近くにいて遠くからやって来る敵を待ち、休息を充分にとりながら疲労して急いで来る敵を待ち、充分に腹拵えして空腹な敵を待つ。これが力を掌握する術です。整然と統制された旗や幟(正正ノ旗)を立てて向かってくる敵は迎撃せず、堂々の強大な布陣で臨んでくる敵に攻撃しない。これが変化を掌握する術です。

 前の部分の方が理想的な戦い方の説明で、後の「正々堂々」は禁忌の説明となってます。禁止行為の代表例として挙げられているのが、明瞭に解かり易く構成された文章ですね!
 「正正堂堂と戦う」事は、現在の日本語では「勝ち負けに拘らないスポーツマンシップ的に推奨すべき意味」に転化して終っているのですが、弱肉強食が当たり前の「剥き出しの生存競争」の戦国時代に於いて弱者であっても強かに生き残る智恵を絞って来た兵法の戦略思想を背景にすれば、正々堂々は「虛実を弁えない最悪の愚行」その物ですよね!
 その様な転化が起こる現在の日本だけの特性なのか?否か?は判りませんが、鍼灸も含む伝統医学界でも「虛実の前提である戦略思考」が理解できずに欠落して終っている様に見受けられる方が、残念ながら大多数です。


(以下、「滞り」と疎通-4に続く。)