前回(「虚実」の原点-1)では、医学に「虚実」概念を導入した原典の一つとしての『孫子』を挙げました。今回は、他の関連性の深い原典を挙げて見ます(➁③)。


➁「桓寛の『塩論論』は扁鵲のイメージを集約的に表現している。戦国の思想家たちにみられた医術と政治術の類比が登場する。~そこに『老子』第七十七章の「 余り有るは損し、不足するは補う。」が引用されている。『老子』のこの考え方は、気の理論とともに医学に採り入れられて中国医学の根本原則となった。」                 (山田慶兒『夜鳴く鳥』202~204頁より抜粋)

③『老子』第七十七章
「天之道其猶張弓與。髙者抑之、下者擧之。有餘者損之、不足者補之。天之道損有餘、而補不足。人之道則不然、損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下。唯有道者。是以聖人、爲而不恃、功成而不處、其不欲見賢。」
 訓読:天ノ道ハソレ猶ヺ弓ヺ張ルガゴトキカ。高キ者ハコレヲ抑エ、下キ者ハコレヲ挙グ。有余スル者ハコレヲ損シ、不足スル者ハコレヲ補ウ。天ノ道ハ有余ヺ損ジ、而シテ不足ヺ補ウ。人ノ道ハ則チ然ラズ、不足ヺ損ジテ以ッテ有余ニ奉ズ。孰レカ能ク有余ヺ以ッテ天下ニ奉ゼン。唯ダ有道者ノミ。是ヺ以ッテ聖人ハ、為シテ恃マズ、功成リテ処ラズ、ソレ賢ヺ見ワスヺ欲セズ。
 意釈:天の道は、弓に弦を張るときの様だ。上の部分は引き下げ、下の部分は引き上げる。弦が長すぎれば短くし、短すぎればつぎ足す。天の道は有余の所を減らし、不足の所を補う。しかし人の世の道はそれに反して、不足している人を損なって余り有る人に奉る。余り有れば天下の人々に分け与える者は誰であろうか。ただ有道者のみだ。その様にして聖人は、成し遂げてもそれに頼らず、功績にしがみつかず、自分の賢さを人に誇る事も無い。

(以下、「虚実」の原点-3に続く。)