「熨斗ノシ」についてはこの位にして置きます。
 さて、前々回(「熨」のイメージ-4)の引用文③には「熨」字の古体が「尉」だった、との説が有りましたので、その引用文を再掲して置きます。

「熱した金属の熱と重みにより、布を伸ばすという工夫は中国においても古くからあり、そのような行為を「熨」(「尉:布をしりの下において熱を加え伸ばす」+「火:後世、『尉』が主に敵を鎮圧する武官を指すようになったため、特に火を使うことを強調し別字とした」)と言い、それに用いる道具を「火熨」又は「熨斗(『斗』はひしゃくでその形状をあらわす)」と言った。」(「熨」のイメージ-4,引文③)

 これによれば「布を伸ばす行為」を古くは「尉(イ:尻に敷いて座った圧力で折り目を付けて皺シワを延ノばす事)」と言っていたが、後に「尉イ」が主に敵を鎮圧する武官を指す文字になったため、特に火を使うことを強調した「熨ウッ」字に変化した、と云う事になります。
 今回は、その「熨ウッ」字の古体とされる「尉イ」字について確認します(以下➀~➃)。

➀「尉1;軍隊における階級(大尉・中尉・少尉)。2;中国の王朝における官職。3;日本の律令制下における官職、五衛府の判官(例:左衛門尉サエモンノジョウ)。4;朝鮮王朝における国王の婿の爵号。」(Wikipediaより抜粋)

➁「尉、音読み:イ、 ジョウ。訓読み:おさえる、 やすんじる。1;軍隊・自衛隊の佐に次ぐ階級。2;中国、秦・漢時代の官名の一。軍事・警察を担当(校尉・廷尉・都尉)。3;律令制で、衛府(えふ)・検非違使(けびいし)の第三等官。→判官(じょう)。」
                             (Weblio辞書より抜粋)

③-1『集韻』「尉,古作㷉(尉ハ,古ハ㷉ニ作ル)」
 -2『広韻』「俗作熨(俗ニ熨ニ作ル)」      (『今昔文字鏡16万字版』より)

➃「『尉繚子(ウツリョウシ)』の「尉ウツ」は人の姓、「繚リョウ」はその名、「子シ」は尊称である。ちなみに「尉」という字は、ふつう「イ」と読ませているが、姓の場合は「ウツ」と読ませてきた。『尉繚子』は、尉繚ウツリョウという人物にゆかりのある兵法書だ。『尉繚子』の書き出しは、「梁の恵王、尉繚子に問うて曰く…」となっていて、尉繚が梁の恵王と会って富国強兵の策を説く設定になっている。
 兵法書『尉繚子』は漢代以前、すなわち戦国時代にはすでに書かれていた可能性が高い。1973年、山東省の銀雀山漢墓出土の竹簡から、現存『尉繚子』と同じ内容の残簡が発見され、すでに漢代初期には流布していたことが実証された。」
        (守屋洋;守屋淳、全訳・武経七書2『尉繚子』Kindle版.前書きより抜粋)

 以上を要約すれば、「熨ウッ」の原字は「尉」よりも「㷉(示の部分が※外字『二の下に火』)」字の方がより古い本来の字形です。③によれば「尉」字の「示」の部分は「※外字(二の下に火)」になった「㷉」字に作っていました。「㷉」が本字で、その俗字体が「熨」だった、と云う事に為ります。
 ➀と➁によれば、中国の武官名としての「尉」は秦代には既に存在していました。また、➃の人名「尉繚ウツリョウ」については『史記』秦始皇本紀にも記録があり、「秦王・政に仕えて重用された」(守屋訳前掲書、前書きより)との事なので、秦に仕えた時の「官名」だった可能性は大いに有り得ます。
 つまり、兵書『尉繚子ウツリョウシ』の「尉ウツ」は人の「姓」、と云うよりは「武人としての称号・官名」を表すと考えた方が自然なのでは?と思うのですが、今回は深入りしないで置きます。
 それよりも、秦代から「尉」字であっても、「イ」では無く「ウツ」とする読み方の実例が在ったのです。故に、「熨」字の古体が「尉」であったとしても、必ずしも「イ」では無く「ウツ」と読んでも差し支えは無い筈です。
 それを確認できた事が嬉しいので更に解字にも挑戦して見ます。「示」の部分が「※外字(二の下に火)」になった本字「㷉」の本義「座り圧しの皺シワ延ノばし」について、解字で考えて見ましょう(以下➄)。

➄「㷉(熨)」=尸(しり)+※外字「二の下に火」(並べて火熱で伸ばす)+寸(手で上からおさえる)
と分解できる。「熨・㷉」とは、尻シリの下に物を並べて重しをかけ、さらにアイロン(熨斗)で加熱して「皺を伸ばし」、折り目の「乱れを正す」意味が生じ、それが転じて「鎮圧する」意にもなった。
 そして「鎮圧が役目の武官」の意味には「火」を使わないので、「熨」から「火」を取った字形「尉」に変化した。

 以前(「熨」のイメージ-4)に、「游の会」合宿で「熨法」は「ウツホウ!」と強調したのですが、「イホウ」としつこく読まれてしまい、一旦訂正を諦めた話を書きました。しかし、今回の追加確認をした事で、再び「熨法ウツホウ!」と主張する勇気が湧きました。
 「游の会」は、コロナ騒動で中止に為ったままです。延期されたオリンピックは本当に今年は開催されるのでしょうか?未だ見通しは付かないのですが、次回合宿の開催が許される時期が来たら、今度こそ決意して「熨法ウツホウ」の周知に挑戦してみます。
 そして、自らの覚悟が足りず、勉強不足で消化不良だったから「鬱々と気が晴れ無い」ままで居た事に気付けたのは、予想外の収穫でした。(´д`)


(「当院の熨法について」は一旦中断します。次回から「虚実」の解説を連載します。)m(_ _)m