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 前回は、古典の温熱療法について、『霊枢』の寿夭剛柔篇から「薬熨(生薬の温湿布)」の方法を引用してみました。『霊枢』は、東洋医学の原典とされています。その経脈篇に記述されている「経脈」説は、現在の鍼灸学校の経絡経穴学の教科書に有る、いわゆる「正経十二経脈」の出典です。
 続いて、同書の別の篇からも温熱療法を引用します。今回は経筋篇です。「経筋」は、経脈と同様に「手足」と「三陰三陽」を名称に冠した十二のルートとなっており、各経脈の走行部位の筋肉を指していて、病症記述は筋肉の病変が主となっています。


➀足陽明の筋→「膏熨+酒と焼き肉」
『霊枢』経筋篇「足陽明之筋~其病、足中指支、脛転筋、脚跳堅、伏兎転筋、髀前腫、㿉疝、腹筋急、引缺盆及頰、卒口僻、急者目不合、熱則筋縱、目不開、頰筋有寒則急引頰移口。有熱則筋弛縱緩、不勝収、故僻。治之以馬膏、膏其急者、以白酒和桂、以塗其緩者、以桑鉤鉤之、即以生桑灰、置之坎中、高下以坐等、以膏熨急頬、且飲美酒、噉美炙肉、不飲酒者、自強也。為之三拊而已。治在燔鍼劫刺、以知為数、以痛為輸。名曰季春痺也。」
 訓読:足陽明ノ筋ハ~(経路の記述を省略)~其ノ病ハ足ノ中指支エ脛転筋シ、脚跳ネテ堅ク、伏兎転筋シ、髀ノ前腫レ、㿉疝シ、腹筋急シ、缺盆及ビ頰ニ引キ、卒カニ口僻シ、急スル者ハ目合セズ、熱スレバ則チ筋縱ミ、目開カズ、頰筋に寒アレバ則チ急シテ頰ヺ引キ口ヺ移ス。熱有レバ則チ筋弛縱シテ緩ミ、収マルニ勝エズ、故ニ僻ス。之ヺ治スハ馬膏ヺ以テス、其ノ急ナル者ニ膏シ、白酒ヺ以テ桂ニ和エ、以テ其ノ緩ナル者ニ塗リ、桑鉤ヺ以テ之ヺ鉤スルニ、即チ生桑灰(『甲乙』「生桑炭」)ヺ以テ、之ヺ坎中ニ置キ、高下ハ坐ヺ以テ等シクス、膏ヺ以テ急スル頬ヺ熨シ、且ツ美酒ヺ飲マシメ、美キ炙肉ヺ噉ワシメ、酒ヺ飲マザル者モ、自ラ強ウル也。之ヺ為スコト三拊ニシテ已ユ。治ハ燔鍼劫刺ニ在リ、知ヺ以テ数ト為シ、痛ヺ以テ輸ト為ス。名ズケテ季春(陰暦三月)ノ痺ト曰ウ也。
 意釈: 足の陽明の筋は、足の第二指と第三指に起こって~(経路の記述)~その病は、足の第三指が支え、脛の筋が痙攣し、脚が跳動して堅く、伏せた兎の背中の様に盛り上がっている大腿前面の筋肉(大腿四頭筋)も痙攣し、太ももの前側が腫れる。陰部が腫れて痛み、腹筋が引き痙って、鎖骨上窩(缺盆)から頰まで波及する。突然に口が偏って歪み、痙った側の眼を閉じられなくなる。熱があれば逆に筋は緩み、眼が開かなくなる。頰の筋に寒があれば痙って頰から引き寄せるので口の位置が移ってしまう。逆に熱が有れば筋が弛んで締まら無くなって緩むので正常な位置を保持できなくなって偏る。この治療には馬の膏(あぶら)を用いて痙攣した所に塗り、肉桂(シナモン)に混ぜて成分を浸出させた白酒を弛緩した所に塗って、桑で作った鉤を偏った口に引っ掛けます。また新鮮な桑の炭を小壺(坎)の中に置いて、高さを坐った時に患部が暖まる位置に合わせる。膏を用いて痙攣した頬を温罨法(熨)して同時に上等な酒(美酒)ヺ飲ませて、美味しい炙った肉を沢山食べさせて、普段は酒を飲まない者にも、出来るだけ飲む様に強制します。この様にして三度撫で擦る(三拊)と治ります。治療は焼き鍼(火針)を瞬間的に刺抜(劫刺)します。(変化を)知覚したら、そこで適度な回数とし、痛む所を治療点とします。これらの病症を「季春(キシュン:陰暦の三月、晩春)の痺」と言います。
  
 「足の陽明の筋は・・・」と始まる様に、これは十二経筋の一つ「足の陽明の経筋」の記述です。「十二経脈」と対比してみると、同じ「足の陽明」を冠するのは「足の陽明胃経」です。この様に各経脈には臓腑が配当されており、「経脈」は内臓系と深く結びついた概念です。しかし各経筋のルートは内臓を通過せず、臓腑の配当も有りませんので、主に運動器系の異常と関連する系統が「経筋」だと言われています。
 さて、ここでの「膏熨」は、「馬の油とシナモンのアロマを用いたオイルマッサージ」の様に現代風に言い換える事が出来ます。同様に「且飲美酒、噉美炙肉」は、「マッサージで体が温まった後には、美味しい酒と焼き肉をできるだけ多く飲み食いさせる!」と言う事です。
  前回に解説した「薬熨(生薬の温湿布)」は費用と手間・暇が掛かる「大人:タイジン」向けの方法でしたが、膏熨もリッチな貴族向けの療法である印象をうけます。
 同篇からの引用を続けます。

②足少陰の筋→病位が深い場合は「熨法+導引+飲薬」
『霊枢』経筋篇「「足少陰之筋、起于小指之下~、其病足下転筋、及所過而結者、皆痛及転筋、病在此者、主癇瘛及痙、在外者、不能俛、在内者不能仰。故陽病者、腰反折不能俛、陰病者不能仰。治在燔鍼劫刺、以知為数、以痛為輸在内者、熨引飲薬。此筋折紐、紐発数甚者、死不治。名曰仲秋痺也。」
 訓読:足少陰ノ筋ハ、小指ノ下ニ起コリ~(経路の記述は省略)~、ソノ病ハ足下転筋シ、及ビ過ギリテ結ブ所ノ者ハ、皆ナ痛ミ及ビ転筋ス、病ノ此ニ在ル者ハ、癇瘛及ビ痙ヺ主リ、外ニ在ル者ハ、俛スコト能ワズ、内ニ在ル者ハ仰グコト能ワズ。故ニ陽病ム者ハ、腰反折シテ俛スコト能ワズ、陰病ム者ハ、仰グコト能ワズ。治ハ燔鍼劫刺ニ在リ、知ヺ以テ数ト為シ、痛ヺ以テ輸ト為ス。内ニ在ル者ハ、熨引シ薬ヺ飲マシム。此ノ筋折紐シ、紐ノ発スルコト数シバニシテ甚ダシキ者ハ、死シテ治セズ。名ヅケテ仲秋(チュウシュウ:陰暦の八月)ノ痺ト曰ウナリ。
 意釈: 足の少陰の筋は、足の第5指の下から始まり~(経路の記述)~、その(足少陰経筋の)病は足底が引き攣り、及び(足少陰経筋の)通過経路の部位が皆な痛んで痙攣する。病がこの経筋に在る場合は、癇(カン:興奮しやすく苛立って筋肉がひきつる)瘛(セイ:ひきつけ)及び痙(ケイ:筋肉の痙攣)が主な症状で、(陽の部位である)外に痙攣が有る場合には、俯くこと(前屈)が不能で、(陰の部位である)内部に痙攣が有る場合には仰いで反ること(後屈)が出来なくなる。だから陽の病いでは、(陽の部位である人体の背側の痙攣で)腰が反り返って前屈不能となり、陰の病いでは、(腹側の痙攣で)後屈不能となります。治療は焼き鍼(火針)を瞬間的に刺抜(劫刺)します。(改善・変化を)知覚したら、そこまでで適度な回数とし、痛む所を治療点とします。内部に痙攣が有る場合には、「熨法と導引(熨・引)」をして薬を服用させます。この筋肉の痙攣の発作が頻繁で劇症の場合は死の徴候で難治です。これらの病症を「仲秋(チュウシュウ:陰暦の八月)の痺」と言います。

 「足の少陰の経筋」です。「内・外」と「陰・陽」の対比で言っていますが、陽を病み、病が「外ニ在ル者」は背側の痙攣で前屈不能となり、陰を病み、病が「内ニ在ル者」は腹側の痙攣で後屈不能となります。
 「治在燔鍼劫刺、以知為数、以痛為輸。(治ハ燔鍼劫刺ニ在リ、知ヺ以テ数ト為シ、痛ヺ以テ輸ト為ス。)」は➀足陽明経筋にも同文が有る様に十二経筋の全てに有る定型文です。ですから「火針」は経筋病の全般に対応する治療法です。しかし、ここでは病が「内ニ在ル者」の療法は「熨法+導引+飲薬」とされています。