蓬松養生院(旧・柳原はりきゅう院)

「森立之研究会」や「伝統医療游の会」など、伝統医学の古典考証や研究を綴ります。

2021年02月

伝統医学の「虚実」(02)、虚実の常識?-2

 前回は藤木説の取っ掛かり(引用➁)を紹介したのですが、ここからが重要です。少々難しそうな用語が出て来るとは思いますが、一応は自力でネット検索等も活用して、頑張って読んで見て下さい。
それでも解らない所は質問コメントを頂けると、こちらも書き方の参考に為るので助かります。
 では、今回から「藤木説の深層」に触れる事に挑戦します。(③)。

③『太素』 による『全元起本素問』 の復元
「本文を検討しようとすると、その意図の把握は困難である。その原因の一つに『次注本』編集の際に王冰が文章の順序をかなり入れ換えている点がある。この篇は多くの主題を扱っている為、『甲乙経』では主題に応じた章に分断し分散させて編集し、更に問いの部分はかなり捨てられていて、『甲乙経』からも、原型の推定が困難である。今までの注釈家の様にこじつけでも、時代錯誤でも構わずに解釈するなら王冰が手を加えたままでよいが、原著者の意図を読み取り、他の諸篇との時代比較を行い、更に臨床的に現代に生かす為には原文を再構成する必要が有る。」(『素問医学の世界』p133~135より)
重実虛


 藤木説から出発して更に後続文との整合性を検証した結果、一条の原意は「虚実の定義」では無く、寸口脈と尺膚(前腕前面の皮膚)と気(呼吸)による診断を述べている文章である事は、既に指摘(下記、遠藤)されていますので、その結論を要約引用します(➃,➄,➅.上記powerpoint画像も参照)。

➃「重実(実々)」とは?
2条「何謂重實。曰、所謂重實者、言(『甲乙』内)大熱病、気熱、脈滿、是謂重實。問曰、經絡俱實何如、何以治之。~」
 訓読:何ヲカ重実ト謂ハン。曰ク、イワユル重実トハ、内ハ大熱ヺ病ミ、気熱シ、脈滿チル。是レヲ重実ト謂ウ。問イテ曰ク、経絡俱ニ実スルハ何如ン。何ヺ以テ之ヺ治ス。~、
 意釈:どの様な事を「重実」と謂うのでしょうか?曰く。「重実」と言われる事は、内は大熱を病んで、気息が熱くなり、脈も満ちた状態です。この様に「実」反応が重なる事を「重実(実を重ねる)」と謂うのです、と。問いて曰う。経と絡が俱に実するのは何如なる状態でしょうか?どの様に治療するのでしょうか?と。~

➄「重虛(虛々) 」とは? 
10条「 帝曰、何謂重虚。岐伯曰、脈気上虛(『甲乙』脈虛気虛)、尺虛、是謂重虛也。問曰、何以治之。~」
 訓読:帝曰ク、何ヲカ重虚ト謂ハン。岐伯曰ク、イワユル重虛トハ、脈虛シ、気虛シ、尺虛ス。是レヲ重虛ト謂ウナリ。問イテ曰ク、何ヺ以テ之ヺ治ス。~
 意釈:帝が曰われた。どの様な事を「重虛」と謂うのでしょうか?と。岐伯が曰う。「重虛」と言われる事は、脈が虛し、気息が虛し、尺膚も虛す状態です。この様に「虛」反応が重なる事を「重虛(虛を重ねる)」と謂うのです、と。問いて曰う。これをどの様に治療するのでしょうか?と。~

➅「実実」、「虛虛」 と並列の「虚実」!(前回➀参照)
 一条の原意の意釈:黄帝が問いて曰いました。「虚実双方の反応(つまり、これが虚実)が現れるのはどの様な状況か?」と。岐伯は「(外)邪が盛んならば(尺膚が)実し、(内)精が奪われれば(寸口が)虚すのです」と答えました。
(遠藤次郎『「邪気盛則実,精気奪則虚」の意義』,漢方の臨床48巻5号,東亜医学協会,2001. )

(以下、「虚実」の常識?-3に続く。)

伝統医学の「虚実」(01)、虚実の常識?-1

 「虚実の考証」について、素人向けの解りやすい解説を乞う旨のコメントを頂きました。当院で受療された事のある患者様としてキチンと名乗られた上でのご要望です。また当ブログへの初コメントでも有り、大切にお答えしたいと思いますので、その善し悪し「解ったか?否か?」は、またコメントして頂ける様に期待します。では早速その解説に挑戦して行きます。
 日中の伝統医学では、鍼灸と湯液(薬物療法)で共に「虚実への補瀉」は治療の基礎です。しかし、その「虚実」概念には変遷と混乱があります。

図1

 「虚実の定義」は、従来は『素問』通評虚実論の条文(上記powerpoint画像参照)を古典的根拠として踏襲して来ました。先ずは、その定説の解釈を確認して置きましょう(➀)

➀通評虚実論(S28) 「黄帝問曰、何謂虚実。岐伯対曰、邪気盛則実、精気奪則虚。」
 訓読:黄帝問イテ曰ク、何ヲカ虚実ト謂ハン。岐伯対エテ曰ク、邪気盛ンナレバ則チ実シ、精気奪ワレレバ則チ虚ス、ト。
 定説の意釈:黄帝が「どの様な事を虚実と言うのか?」と問いました。岐伯が「邪気が盛んな
らば実で、精気が奪われれば虚です」と答えました。

 考証学の先達である藤木俊郎先生(以下、敬称略)の解釈を、次に要約引用します。(➁)

➁そもそも、虚実の「定義文」だったのか?
「この(「通評虚実論」の)篇名は1条の虚実を論じているとも思われる所から出ていると思われる。この「邪気盛んなるときは実す、精気奪はるときは虚す」という文の歴史的な意味を検討したい。原著者はここの虚実には重要な意味を持たせていなかったかも知れない。この虚実は、単に脈状のことであるかも知れない。すなわち脈状が実であるときには邪気が入って居ると考え、脈状が虛であるときには精気が衰えて居るというだけの意味であるという程度の気持ちで書かれたと思われる。しかし、歴史的な機運としては補寫の前提となる虛実の概念を確立しなければならない時期の直前にこの篇が作成されたのではなかったかと思われる。その為に虚実の基本概念を規定するものとして引用されて現在に至るまで教えられている。」(藤木俊郎『素問医学の世界』、績文堂p144~145より)

(以下、「虚実」の常識?-2に続く。)

当院の熨法について(31)、「熨」のイメージ- 6

「熨斗ノシ」についてはこの位にして置きます。
 さて、前々回(「熨」のイメージ-4)の引用文③には「熨」字の古体が「尉」だった、との説が有りましたので、その引用文を再掲して置きます。

「熱した金属の熱と重みにより、布を伸ばすという工夫は中国においても古くからあり、そのような行為を「熨」(「尉:布をしりの下において熱を加え伸ばす」+「火:後世、『尉』が主に敵を鎮圧する武官を指すようになったため、特に火を使うことを強調し別字とした」)と言い、それに用いる道具を「火熨」又は「熨斗(『斗』はひしゃくでその形状をあらわす)」と言った。」(「熨」のイメージ-4,引文③)

 これによれば「布を伸ばす行為」を古くは「尉(イ:尻に敷いて座った圧力で折り目を付けて皺シワを延ノばす事)」と言っていたが、後に「尉イ」が主に敵を鎮圧する武官を指す文字になったため、特に火を使うことを強調した「熨ウッ」字に変化した、と云う事になります。
 今回は、その「熨ウッ」字の古体とされる「尉イ」字について確認します(以下➀~➃)。

➀「尉1;軍隊における階級(大尉・中尉・少尉)。2;中国の王朝における官職。3;日本の律令制下における官職、五衛府の判官(例:左衛門尉サエモンノジョウ)。4;朝鮮王朝における国王の婿の爵号。」(Wikipediaより抜粋)

➁「尉、音読み:イ、 ジョウ。訓読み:おさえる、 やすんじる。1;軍隊・自衛隊の佐に次ぐ階級。2;中国、秦・漢時代の官名の一。軍事・警察を担当(校尉・廷尉・都尉)。3;律令制で、衛府(えふ)・検非違使(けびいし)の第三等官。→判官(じょう)。」
                             (Weblio辞書より抜粋)

③-1『集韻』「尉,古作㷉(尉ハ,古ハ㷉ニ作ル)」
 -2『広韻』「俗作熨(俗ニ熨ニ作ル)」      (『今昔文字鏡16万字版』より)

➃「『尉繚子(ウツリョウシ)』の「尉ウツ」は人の姓、「繚リョウ」はその名、「子シ」は尊称である。ちなみに「尉」という字は、ふつう「イ」と読ませているが、姓の場合は「ウツ」と読ませてきた。『尉繚子』は、尉繚ウツリョウという人物にゆかりのある兵法書だ。『尉繚子』の書き出しは、「梁の恵王、尉繚子に問うて曰く…」となっていて、尉繚が梁の恵王と会って富国強兵の策を説く設定になっている。
 兵法書『尉繚子』は漢代以前、すなわち戦国時代にはすでに書かれていた可能性が高い。1973年、山東省の銀雀山漢墓出土の竹簡から、現存『尉繚子』と同じ内容の残簡が発見され、すでに漢代初期には流布していたことが実証された。」
        (守屋洋;守屋淳、全訳・武経七書2『尉繚子』Kindle版.前書きより抜粋)

 以上を要約すれば、「熨ウッ」の原字は「尉」よりも「㷉(示の部分が※外字『二の下に火』)」字の方がより古い本来の字形です。③によれば「尉」字の「示」の部分は「※外字(二の下に火)」になった「㷉」字に作っていました。「㷉」が本字で、その俗字体が「熨」だった、と云う事に為ります。
 ➀と➁によれば、中国の武官名としての「尉」は秦代には既に存在していました。また、➃の人名「尉繚ウツリョウ」については『史記』秦始皇本紀にも記録があり、「秦王・政に仕えて重用された」(守屋訳前掲書、前書きより)との事なので、秦に仕えた時の「官名」だった可能性は大いに有り得ます。
 つまり、兵書『尉繚子ウツリョウシ』の「尉ウツ」は人の「姓」、と云うよりは「武人としての称号・官名」を表すと考えた方が自然なのでは?と思うのですが、今回は深入りしないで置きます。
 それよりも、秦代から「尉」字であっても、「イ」では無く「ウツ」とする読み方の実例が在ったのです。故に、「熨」字の古体が「尉」であったとしても、必ずしも「イ」では無く「ウツ」と読んでも差し支えは無い筈です。
 それを確認できた事が嬉しいので更に解字にも挑戦して見ます。「示」の部分が「※外字(二の下に火)」になった本字「㷉」の本義「座り圧しの皺シワ延ノばし」について、解字で考えて見ましょう(以下➄)。

➄「㷉(熨)」=尸(しり)+※外字「二の下に火」(並べて火熱で伸ばす)+寸(手で上からおさえる)
と分解できる。「熨・㷉」とは、尻シリの下に物を並べて重しをかけ、さらにアイロン(熨斗)で加熱して「皺を伸ばし」、折り目の「乱れを正す」意味が生じ、それが転じて「鎮圧する」意にもなった。
 そして「鎮圧が役目の武官」の意味には「火」を使わないので、「熨」から「火」を取った字形「尉」に変化した。

 以前(「熨」のイメージ-4)に、「游の会」合宿で「熨法」は「ウツホウ!」と強調したのですが、「イホウ」としつこく読まれてしまい、一旦訂正を諦めた話を書きました。しかし、今回の追加確認をした事で、再び「熨法ウツホウ!」と主張する勇気が湧きました。
 「游の会」は、コロナ騒動で中止に為ったままです。延期されたオリンピックは本当に今年は開催されるのでしょうか?未だ見通しは付かないのですが、次回合宿の開催が許される時期が来たら、今度こそ決意して「熨法ウツホウ」の周知に挑戦してみます。
 そして、自らの覚悟が足りず、勉強不足で消化不良だったから「鬱々と気が晴れ無い」ままで居た事に気付けたのは、予想外の収穫でした。(´д`)


(「当院の熨法について」は一旦中断します。次回から「虚実」の解説を連載します。)m(_ _)m

プロフィール
山口秀敏

関東鍼灸専門学校卒

東京医療専門学校
 鍼灸教員養成科卒

信州医療福祉専門学校付属
光和はりきゅう院 元院長

2000年に岡田研吉氏、岩井祐泉氏と森立之研究会を発足し、現在は事務局長兼講師。

「伝統医療 游の会」を会長・松田博公先生、副会長(2人)・杉山勲先生・足立繁久先生達と立ち上げ、事務局長兼講師。



店舗紹介
長野市若穂綿内  
8568-8
イナダハイツ1号室
(個別指導塾まつがく若穂教室様と同じ建物です)


予約優先制です

予約受付 09:00~11:00,14:00~18:00.

休院日  日曜日
     
     研究会などの為
     不定期で休院の
     場合あります
     電話確認願います

   ☎026-400-1396

施術料 税込1時間
大人3,900、高校生3,000、
中学生2,000、小学生1,000、
幼児800円