蓬松養生院(旧・柳原はりきゅう院)

「森立之研究会」や「伝統医療游の会」など、伝統医学の古典考証や研究を綴ります。

伝統医学の「虚実」(10)、「虚実」の原点-3

 前々回(「虚実」の原点-1)の引用➀では、『孫子』の「虚実」概念を医学に導入し始めた段階で、現在の様に狭義の意味だけでなく、まだ比較的自由に広義に使用している文章として『霊枢』の九鍼十二原篇が解説されて居ました。
 本来はもっと「広義」である事を忘却してないか?、とは藤木先生に既に指摘された事ですが、未だに「狭義」の現在の意味だけが「虛実・補泻」の全てだと思い込んでいるのが鍼灸業界の大多数の現状では無いでしょうか?
 同様の指摘は、他の先人からも有りますので、それを見て置きましょう(➃)。

➃島田『治す悩みをこうして克服した』から要約
「補泻法はすべて『内経』から出発している。時代を経るにしたがって工夫が加わって手技が発展してはいるが、常に出発点に立ち戻ってみる必要が有る。鍼灸は補泻に始まって補泻に終わるが、『内経』は「補泻」を、一般に言う様に「正気を補し、邪気を泻す」とだけ考えている 訳では無い。『霊枢』の冒頭の九鍼十二原篇は「➀虛するときは之を実せしめ、➁満ちるときは之を泄らし、③宛陳するときは之を除き、➃邪の勝つときは之を虛しうせよ」の四原則を示している。①と②は「正気」の虚実に対する補泻を言い、③は虚実には関係無く、鬱滞した気血が在れば取り除くべき事を指摘し、④は邪気が勝っているときは之を泻せ、と言っている。重要なのは②の正気が満ちているときがあり、これに泻法を施さないと病気を引き起こすと見ている点と、③の鬱滞している気血を取り除くのは補泻とは無関係と見ている点である。しばしば「刺絡は血を見るから大変な泻法」と誤解されている。刺絡は補泻とは無関係であり、鬱滞した気と血を疎通させて正気をスムーズに流注させる別の方法である。「九鍼十二原」篇に立ち戻り、原点を見直す必要があるが、見直すとしても、医古文解釈の新しい学問成果を使わないと、古い解釈から抜け出せないと指摘せざるを得ない。」
                         (『島田隆司著作集』下冊103~104頁)

疎通優先

(以下、「滞り」と疎通-1に続く。)




伝統医学の「虚実」(09)、「虚実」の原点-2

 前回(「虚実」の原点-1)では、医学に「虚実」概念を導入した原典の一つとしての『孫子』を挙げました。今回は、他の関連性の深い原典を挙げて見ます(➁③)。


➁「桓寛の『塩論論』は扁鵲のイメージを集約的に表現している。戦国の思想家たちにみられた医術と政治術の類比が登場する。~そこに『老子』第七十七章の「 余り有るは損し、不足するは補う。」が引用されている。『老子』のこの考え方は、気の理論とともに医学に採り入れられて中国医学の根本原則となった。」                 (山田慶兒『夜鳴く鳥』202~204頁より抜粋)

③『老子』第七十七章
「天之道其猶張弓與。髙者抑之、下者擧之。有餘者損之、不足者補之。天之道損有餘、而補不足。人之道則不然、損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下。唯有道者。是以聖人、爲而不恃、功成而不處、其不欲見賢。」
 訓読:天ノ道ハソレ猶ヺ弓ヺ張ルガゴトキカ。高キ者ハコレヲ抑エ、下キ者ハコレヲ挙グ。有余スル者ハコレヲ損シ、不足スル者ハコレヲ補ウ。天ノ道ハ有余ヺ損ジ、而シテ不足ヺ補ウ。人ノ道ハ則チ然ラズ、不足ヺ損ジテ以ッテ有余ニ奉ズ。孰レカ能ク有余ヺ以ッテ天下ニ奉ゼン。唯ダ有道者ノミ。是ヺ以ッテ聖人ハ、為シテ恃マズ、功成リテ処ラズ、ソレ賢ヺ見ワスヺ欲セズ。
 意釈:天の道は、弓に弦を張るときの様だ。上の部分は引き下げ、下の部分は引き上げる。弦が長すぎれば短くし、短すぎればつぎ足す。天の道は有余の所を減らし、不足の所を補う。しかし人の世の道はそれに反して、不足している人を損なって余り有る人に奉る。余り有れば天下の人々に分け与える者は誰であろうか。ただ有道者のみだ。その様にして聖人は、成し遂げてもそれに頼らず、功績にしがみつかず、自分の賢さを人に誇る事も無い。

(以下、「虚実」の原点-3に続く。)

伝統医学の「虚実」(08)、「虚実」の原点-1

 『「形」と「気」-2』では、三部九候論の「形・気・脈」を比較対照する診法について見て置いたのですが、通評虚実論もこれと似た理論構造を持っています。三部九候論を見て、より理解し易く為ったと思うので、また「虚実」の解説へと話の筋を戻します。

虚実篇


蔵書印

➀「虚実は、元々は兵法の概念で、後に医学に転用された。『孫子』の兵勢篇は「兵ノ加ハル所、鐸(タン:重く堅い石)ヺ以テ卵ニ投ズルガ如キハ虚実是ナリ」といい、虚実篇では「兵ノ形ハ実ヺ避ケテ虚ヺ撃ツ」という。これらは常識で判る概念として「虚実」を用い特別な概念規定はしていない。『素問』より少し前と推測される倉公の医学では、まだ「虚実」概念は確立していない。『史記』倉公伝の手記の部分には虚実という言葉は使用されていない。実に対応するのは「過」である様に思われる。一方「淫」の字には過甚の意味があるという。そして、『素問』では淫気という言葉を邪気の意味で使っている篇がある。 「過」と「淫」と「邪」がつながると、倉公伝の「過」は「邪」のことであるとも読める。『孫子』の影響を強く受けた「九鍼十二原」篇では「虚実」という言葉は三通りに使われている。第一は患者の状態で「虛すれば則ち之を実す」の虛(狭義)の様に使う。第二は現在の「補泻」の意味で「虛すれば則ち之を実す」の実とか、「邪勝てば則ち之を虛す」の虛の様に使う。もちろろん別に「補泻」ということばも使っている。第三は補泻の結果を示し、「徐にして疾ならば則ち実す」の実の様に使う。「九鍼十二原」篇での「虚実」はこの様に広義で、まだ広く自由に使われ、現在の様な狭義の使用方に限定されてはいない。また「九鍼十二原」篇では虚と実のどちらであるかだけを判定するのではなく、四つの状態のいずれであるかを考えようとする。すなわち「虛すれば則ち之を実し、満なれば則ち之を泄し、宛陳すれば則ち之を除き、邪勝てば則ち之を虛す」。それが狭義の「虚実」概念が確立すると「満」、「宛陳」、「邪」は全て「実」で表現される。」
                          (『素問医学の世界』145~146頁)

(以下、「虚実」の原点-2に続く。)

プロフィール
山口秀敏

関東鍼灸専門学校卒

東京医療専門学校
 鍼灸教員養成科卒

信州医療福祉専門学校付属
光和はりきゅう院 元院長

2000年に岡田研吉氏、岩井祐泉氏と森立之研究会を発足し、現在は事務局長兼講師。

「伝統医療 游の会」を会長・松田博公先生、副会長(2人)・杉山勲先生・足立繁久先生達と立ち上げ、事務局長兼講師。



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